【幻のワインにまつわる物語ーフランス編ー】
【登場品種】
カベルネ・ソーヴィニョン
メルロー
カベルネ・フラン
グロロ(ほぼセリフなし)
シャルドネ
ピノ・ノワール
シャスラ
シラー
モスカート(ミュスカ)
パロミノ
ペドロ
アレキサンドリア
カベルネ・ソーヴィニョン
メルロー
カベルネ・フラン
グロロ(ほぼセリフなし)
シャルドネ
ピノ・ノワール
シャスラ
シラー
モスカート(ミュスカ)
パロミノ
ペドロ
アレキサンドリア
[SE:サイレンの音]
[SE:ドアを開け、降り、歩く足音]
カベルネN
「それは昨日の夜のことだった。
何者かがヴィティス中央銀行に侵入し、ワインの保管室が破壊された。そして、犯人は保管室から、高級ワイン20本あまりを運び出して逃走。
翌朝、銀行へ出勤したシャスラが、保管室のチェックに入ったことで事件が発覚し、警察へと通報した。
そして現在、この俺カベルネ・ソーヴィニョンが、現場へ捜査に向かっている……というところだ。
イタリアではチーズが担保になるように、この街ヴィティスでは、ワインは貨幣と同等の価値を持つ。
つい三か月前に、フランスの資産家フェルディナン・ベルナールが、彼の有名なコレクションであるロマネ・コンティの大半を担保として、ヴィティス銀行から7千ユーロを借入れた。
どうも彼の事業は最近傾きがちだったようだ。大事なワインを手元から離すのは、苦痛だったに違いない。
そして、そのワインが盗まれた今となっては、彼は眠ることもままならないだろう。かわいそうに。
ベルナール氏を睡眠障害から救うために、少しでも早く犯人を捕まえ、コレクションを手の届く場所へ戻してやることだ。
しかし、この事件は、そう簡単なものではなかった。」
[SE:銀行内のざわめき]
カベルネ
「ここの保管室の管理を任されていたのがシャスラ、お前なんだな?」
シャスラ
「そうだよ……。出入庫したワインの管理、室内の温度チェック、それから、ロックの解除も僕の役目だった。ワインのことについてはいろいろ任されていたけれど、銀行員らしいことはほとんどしていない。ワインショップで働くのと変わりないよ。」
カベルネ
「今朝、一番に保管室へ入ったのがお前だったんだな?」
シャスラ
「そうだ。ピエールも一緒だった」
カベルネ
「誰だ?」
シャスラ
「ピエール・ジャルダン。去年就職したフランス人さ。保管室の管理は二人体制なんだ。といっても、僕が休みの時とか、不在の時に代わりをやってくれていたわけで、補助みたいなものだね。最近人が入れ変わったから、色々教えることがあったんだ」
カベルネ
「それで、今朝は一緒に保管室へ向かった、と」
シャスラ
「そう。出勤したらまず、保管室のチェックに入るのが日課だった。しかし、行ってみると派手に保管室の扉が壊されててさ……。何も言葉が出なかった。見ればわかると思うけれど、一応金庫に近い構造をしているから、そう簡単には壊せないのだけれど……」
カベルネ
「(保管室を見て)ああ……確かに、頑丈そうだな」
シャスラ
「慌てて二人で確認したところ、ロマネ・コンティが20ばかり、なくなっていた」
カベルネ
「ベルナール氏のものだけか?」
シャスラ
「他にもつまみ食いするみたいになくなっていたけれど、一番損害額が大きいのはベルナール氏だった。彼のコレクションがまるごと綺麗に盗まれたのだからね」
カベルネ
「しかし、被害に遭っていない高価なワインがあるようだが」
シャスラ
「そうなんだ。アンリ・ジャイエのワインとかね。つい三日前に入れたばかりだ。一番手前にあったから、これも盗られてしまったとばかり思っていたのだけれど、安心したよ」
カベルネ
「もしかすると、ベルナール氏のワインを狙っての犯行の可能性もあるか……」
シャスラ
「そうだ、君のワインもあるんだ。シャトー・ムートン・ロートシルト。むしろこれを盗まなかったのが不思議なくらいだ」
カベルネ
「被害に遭わなくて幸運だ。……扉がこんなにひどく壊されているが、セキュリティの面はどうなんだ」
シャスラ
「もちろん、他の金庫と同等の設備を取り付けていたよ。無理やりこじ開けたり、こんなふうに破壊したりしたら、警報が鳴るようにしてあった。……昨晩は例外だったけれど」
カベルネ
「鳴らなかったんだな?」
シャスラ
「ああ……」
カベルネ
「警備会社にも確認する必要があるようだ。防犯カメラは……ああ、ちゃんと設置されているな」
シャスラ
「そう、あそこに……あっちにも。ここを写しているのはあの二箇所のカメラだ。あとはそこの通路に一箇所、その向こうに……」
カベルネ
「映像を見せてもらっても構わないだろうか」
シャスラ
「いいよ。案内する」
[SE:足音]
(間)
[SE: キーボードの音]
シャスラ
「これが午前一時前の映像だね。だいたいこの時間に警備員が見回りをしているんだ。……あ」
カベルネ
「犯人が映っているな。映ってはいるが……」
シャスラ
「流石に顔は隠しているか。体格からして中肉中背の男、っていうことくらいしかわからないな」
カベルネ
「嫌に堂々としているな……」
シャスラ
「そして手際もいい。電子工具使って……鍵の部分を破壊して、最後は力任せに蹴破って……うえ、カメラに向かって中指立てたよ」
カベルネ
「……銀行か警察に恨みでもあるのか? それともただの挑発か」
シャスラ
「場所を把握しているのか? すぐにあの箱を見つけて運び出してる」
カベルネ
「かなり大きな音を立てているように見えるが、警備員は気付かなかったのか?」
シャスラ
「保管室から警備員室までは結構離れているし、あまり音が届かないんだ。昨晩警備に当たったモローという男に話を聞いてみたんだけど、見回りを終えたばかりで、気が緩んでうとうとしていたようで、破壊する音にも気づけなかったらしい」
カベルネ
「後でその男にも話を聴こう。それにしても、見回りの後にタイミングよく犯行に及んだということは、犯人は銀行関係者の可能性もあるんじゃないか」
シャスラ
「そんな……同僚を疑いたくはないけれど、考えられないことはないな」
カベルネ
「最近、何かおかしいと思う人物はいなかったか」
シャスラ
「そうだな……一週間前にちょっと事件があったんだけど……あ、全部運び終えたようだ」
カベルネ
「やつの向かった先のカメラの映像を出せるか?」
シャスラ
「こっちに行くと、裏に駐車場がある。映像に写っているかもしれない。……ほら、やっぱり出てきた。黒い車にワインを積んでいるけれど、ナンバーまではわからないな……」
カベルネ
「やつは、おそらく監視カメラの場所を把握している。ワインの入った木箱は重いだろうに、出入り口から遠い場所に車を止めたというのは、ナンバーを見られないための策だろう。暗いせいもあり、車種を判別するのも難しい」
シャスラ
「ああ。最近のじゃもっとはっきり映るようだけど、うちのはずいぶん前に取り付けたものだからな」
カベルネ
「保管室のロックも、ひとつ前の古いタイプだったろ。これを期にセキュリティ全般を見直すことを勧める」
シャスラ
「ああ。上に相談してみるよ……」
カベルネ
「ところで、さっき言いかけた事件について、話してくれないか」
シャスラ
「おっと、すまない。一週間前のことだ、銀行の入金額に100ユーロの誤差が出てしまった。横領じゃないかと囁かれ、エドモン・デュポンという男が真っ先に疑われた。彼はピエールと同郷で、学生時代に一度、同級生の金をくすねたことで警察の厄介になっている。だが、今はまじめに働いていて、計算力も高く、仕事もよくできていた。当然彼は憤慨して、ストライキをした。結局は計算ミスで、デュポンはひとつも悪くなかったんだけど、彼はそのまま退職してしまった。保管室の管理も、ジャルダンの前は彼がやっていたんだ」
カベルネ
「そのデュポンという男が、犯行に及んだとは考えられないか」
シャスラ
「あの件で銀行に対して恨みの感情は抱いたかもしれないが、それを実行するような性格だとは到底思えない。とても大人しくて、誠実なやつだった。だからこそ、彼を失ったのは辛いね。ジャルダンは、どうも仕事が雑なところがあって、ちょっと困っている。……僕はデュポンが犯人じゃないことを信じるよ」
カベルネ
「そうか。情報をありがとう」
シャスラ
「また何かあったら話すよ。犯人が捕まることを祈ってる。保管庫を壊した賠償金を請求しないといけないからね」
[SE:ドアの開閉]
カベルネN
「俺はそのあと、警備会社に向かい、昨晩警備を担当した男、モローと話をした。
だが、このややどんくさい男の話から分かることはほぼなかった。
そもそも、見回りと言いながら、肝心の保管庫の前を通ることがなかった。
俺は警備会社に彼を雇用することについて、考え直すよう注意した。
セキュリティについては新たに分かったことがあった。
調べた結果、深夜1時から2時にかけて、セキュリティが解除されていた形跡があったと、警備会社から報告を受けた。
使用されたのは、社員用のIDカード。それも、一週間前に銀行を辞めた人間のものだった。
そう、シャスラの言っていた、エドモン・デュポン。
……ますます怪しくなってきたな」
(間)
〈BGM:警察署〉
フラン
「……なるほどな」
メルロー
「カベルネの言うとおり、そのエドモン・デュポンがやった可能性が高いね」
カベルネ
「ただ、シャスらの他に何人かに話を聞いたんだが、デュポンの評判は悪くはなかった。上部の中に、彼の昔の素行を引き合いに出す連中が居るようだが、一緒に働く人間は口を揃えて真面目で大人しいに性格だと評価している」
フラン
「そんなもの、あてにならんのはお前も知っているだろ。穏やかな人間が強盗や殺人を犯すケースなんて珍しくはない。惑わされるな」
メルロー
「でも、IDカード以外はまだ決定的な証拠が出てきてないんだよね? 現場に指紋も残ってないし、防犯カメラからも顔を特定できない。車のナンバーも判別できないよう注意を払っている……計画性のある狡猾なやつだな」
カベルネ
「IDカードは証拠として決定的じゃないか」
フラン
「盗んで使用した、という線も考えられる。ともかく、その銀行員に話を聞かなきゃならないな」
カベルネ
「メルの方はどうだったんだ」
メルロー
「ベルナールさんのこと? フランから聞いた以上のことは何もわからなかったよ。新しく手を出した事業に失敗したから、泣く泣く自分のコレクションを担保にして、銀行からお金を借りた。
そのワインが盗まれてしまったことで、ひどく心を痛めていらっしゃった。そのくらいだよ」
フラン
「さて、今後の捜査だが、カベルネ、お前には退職した銀行員について調べることを頼もうと思う」
カベルネ
「了解」
フラン
「メルロー、お前にはまた別に頼みたいことがある」
メルロー
「了解」
カベルネ
「三時にまた報告に来る」
フラン
「l何かあれば、すぐ連絡をよこせ」
カベルネ
「ああ」
〈BGM:警察署 FO〉
[SE:足音]
[SE: 追いかけてくる足音]
メルロー
「待って、カベルネ。一緒にお昼食べる時間あるかな」
カベルネ
「ゆっくり座っている余裕はないな」
メルロー
「そこの屋台でサンドイッチを買おう。署内でも美味しいって評判なんだ」
カベルネ
「そうなのか」
メルロー
「フランの分も買ってあげないと。ほうっておくと、食べるのを忘れてる時があるから」
カベルネ
「全くだ、困った奴め」
メルロー
「はは」
[SE: 足音(on)]
メルロー
「ベルナールさんの話なんだけれどね、ちょっと気になったことがあったんだ」
カベルネ
「何もなかった、と言ってなかったか?」
メルロー
「言ったよ。それは本当だ。ただ、僕の主観でしかないんだけど、ベルナールさんの様子が、ちょっと変だったんだ。
話している間中そわそわしているというか、早く話を切り上げたがっているというか……隠し事がある感じ。
でも、どう踏み込んでいいかわからなくて、それ以上何も聞くことができなかった」
カベルネ
「l彼は被害者だ。何を隠すことがあるのだろう」
メルロー
「それは、僕もわからない。質問にはきちんと答えてくれるんだ。だけど、やっぱり、おかしかった。
ワインについてもあまり話に乗ってこなくて。大好きなロマネ・コンティの話を振ったっていうのに、そっけない返事ばかりでさ」
[SE: ふたりの肩を掴む音]
シャルドネ
「誰の大好きなコンティちゃんだって?」
メルロー
「わ!」
カベルネ
「シャル……なんでいるんだ」
シャルドネ
「ひでーな、カベルネ。俺がサンドイッチ買いに来ちゃダメってか? お前らも屋台に行くところだったんだろ。お仲間だぜ。
それで、さっき話してたのってもしかして、あのベルナールのじいさんのことか? ん? あたりだろ」
メルロー
「相変わらず、情報が早いね」
シャルドネ
「馬鹿言え、あんなに新聞にでかでかと取り上げられてたんだぞ。知らねえのは新聞を読まねえ奴か字の読めない赤ちゃんくらいだぜ。で、何だ、捜査難航って感じか?」
カベルネ
「被疑者は出ている。これからってところだな」
シャルドネ
「お、さすがはカベルネさん。進路良好、順風満帆なわけね。そりゃよかった」
カベルネ
「そこまで言ってはいないがな」
シャルドネ
「俺もあのじいさんのコレクション、見せてもらったことがあるけどな、筋金入りのマニアだぜ、ありゃあ。コンティちゃんのためにどれだけ金をつぎ込んだかわからねえ。
事業が失敗のどうのこうのの前に、既に財産傾いてたんじゃねえの、ってくらいにさ」
メルロー
「その時、ワインのことも話したりした?」
シャルドネ
「話した、なんてもんじゃねーよ。演説をスピーカーから垂れ流すみたいにさ、ずーっとつらつらしゃべり続けてやがんの。口を挟む隙もなかったぜ」
メルロー
「やっぱり、あの時何か隠してたんだ」
シャルドネ
「隠してた? じいさんがか?」
メルロー
「うん、なんだかあまりワインについて話したくないみたいだった……」
シャルドネ
「じいさんと会ったんだ?」
メルロー
「午前中にね。あまり捜査状況を深くは話せないけど、僕と会った時のベルナールさんは、そわそわして落ち着かない様子だったんだ」
シャルドネ
「ははーん。事件はワインの盗難だけじゃない、ってわけか。被害者であるじいさんが隠し事をしてるってなると、どんなことだろうな?」
カベルネ
「おそらく、事件について自分が不利になること、じゃないか」
シャルドネ
「汚職かな? それともワインが偽物だったとか」
カベルネ
「もしそうなら、銀行側としても一大事だ」
メルロー
「信用を裏切られたようなものだからね」
シャルドネ
「でもベルナールのじいさんの汚職の噂なんて聞いたことねえぞ」
メルロー
「そういえば、銀行から人が来るからといって、時間を気にしていたな」
カベルネ
「ベルナール氏が?」
メルロー
「秘書と話しているのがちらと聞こえてしまったのだけれど、どうもワインが盗まれたのを理由に、借入返済を取り消しにしてもらうつもりらしいよ」
シャルドネ
「へーえ。これでワインが戻ってきたらじいさんは儲け物だな。俺もシャブリちゃんを銀行に入れて盗んでもらおうかね」
カベルネ
「変なこと言うな、シャル」
シャルドネ
「冗談だっての。本当にするわけねーだろ。……いや、案外ありかもしれねえぜ」
カベルネ
「やめとけ。お前を捕まえたくなんかない」
シャルドネ
「俺じゃなくてよ、じいさんの話」
メルロー
「どういうことだい?」
シャルドネ
「ベルナールのじいさんの自作自演ってやつだよ。
カネに困っていたじいさんは、銀行に大事な大事なコンティちゃんをあずけた。
そして、銀行の人間を買収し、自分のワインを盗ませる。
翌日、盗難事件があったと大騒ぎして、銀行の防犯に問題がある、担保を失ったから返済金をちゃらにしろ、とけしかける。
そうしてじいさんは銀行に金を返すことなく、大事なコンティちゃんも手元に戻って一件落着」
カベルネ
「そんなうまくいくか」
シャルドネ
「シナリオとしては結構よさげだと思うけど」
メルロー
「l可能性としてはありだけど、想像でしかないね。これで説得力のある証拠でも出てくれば、信ぴょう性もあがるけど」
シャルドネ
「カベルネさーん。期待してるよ」
カベルネ
「俺任せなのか。まあ、これからまた捜査に行くわけだが……」
カベルネN
「シャルドネの言うことも、なきにもあらず、だ。
だが、まだ証拠となる事実が少ない。
とりあえず、俺はメルローたちと別れると、エドモン・デュポンなる人物について調べた」
(間)
カベルネN
「エドモン・デュポン。生まれはフランス。
学生時代は成績優秀で素行も問題がないようだったが、一度だけ同級生から金を盗んだとして警察の世話になっている。
だが汚点はその一件だけで、それ以降は問題行動は見受けられず、順調に大学を卒業、ヴィティス中央銀行に就職した。
シャスラの言っていた一週間前のあの件さえなければ、彼はそこで一生を勤め上げていたはずだったろう。
現在は無職、西区近くのアパートに部屋を借りているらしい。
俺は参考人として話を聞くため、メルローとともに彼の元をたずねることにした」
[SE: 足音]
メルロー
「カベルネが警察署を離れている間に、フランのところに銀行から連絡が入ったんだ。
デュポンのIDカードが、元同僚の机の引き出しから見つかった、てね」
カベルネ
「机の引き出し……か」
メルロー
「元同僚の名前はピエール・ジャルダン。デュポンとはあまり仲が良くなかったみたいだよ」
カベルネ
「その名前は俺も聞いた。デュポンが仕事を辞めてから、彼の代わりに保管庫の管理を担当している人物だ」
メルロー
「シャスラから聞いたんだね。
彼の背格好は中肉中背、やややせ型だったけど、少し着込めば監視カメラの人物の体格とよく似ていたよ。
デュポンの犯行と見せかけるため、彼のIDカードをくすねて使ったんじゃないか、と考えられるけど、ジャルダンは、何故こんなものが自分の机に入っているのかわからない、昨日まではなかった、身に覚えがない、と犯行を否認している」
カベルネ
「認める人間の方が少ないだろうさ」
メルロー
「まあね。これから会うデュポンから、ひとつでも手がかりが掴めるといいね」
カベルネ
「と……着いたな。このアパートのようだ」
[SE:足音]
メルロー
「デュポンが住んでいるのは、この部屋だね」
[SE: 玄関のチャイム音]
デュポン
「……はい」
カベルネ
「ボンジュール。エドモン・デュポンですね? ヴィティス中央警察のカベルネ・ソーヴィニヨンです。少しお話を伺いたいのですが、お時間いただけますか」
デュポン
「ええ、どうぞ」
メルロー(小声で)
「すんなり中へ入れてくれたね」
カベルネ(小声で)
「さっぱりした部屋だな。物がほとんどない。
ここにあれを運び込んだ様子はなさそうだな。
自宅ではない安全な場所に隠したか、それとももう手元にないのか……」
デュポン
「銀行のことについて、僕に話を聞きにこられたんですよね?」
メルロー
「ええ。その通りです」
デュポン
「僕の知っていることでしたら、なんでも話しますよ……。あの銀行には正直腹が立ってますけれど、でも真実が明るみに出るのであれば、協力はおしみません」
カベルネ
「そう言っていただき、感謝します。まず、あなたが昨晩、どこにいたかを詳しく話してください」
デュポン
「え、ええ。昨晩は、友達と飲んでいました。北区にあるデッラ・カッサっていうバルです。7時から深夜までそこにいました。その後は僕の家に移動して、飲み直しました。寝たのはいつだか覚えていません。目が覚めたのは昼過ぎでした。ついさっき、その片付けが済んだところです。でも、それが何か関係あるのでしょうか」
カベルネ
「もちろん捜査上、大事なことです。しかし、感心しませんね。なぜそんなに飲まれたんです」
デュポン
「そんなの、僕の勝手じゃないですか。普段はそんなことしませんよ。酒を口にするのだって、一ヶ月に三回あれば多い方です。だけど、時にはその力に頼りたくなることだってあるでしょう。僕からその友達を飲みに誘いました。でも相手は僕と違って酒に強かった。おかげで一晩中付き合わされましたよ。愚痴を言いたいのは僕の方なのに」
カベルネ
「店を出た時間は覚えていますか」
デュポン
「いや、二人共酔っていたから、はっきりとした時間は記憶していません。だけど……店を出る前に、日を越しちまったな、って言ってたのは覚えてるんで、たぶん午前零時以降だったのだと思います」
メルロー
「一緒にいたお友達の名前を教えていただけますか?」
デュポン
「ラウール・バローという男です。大学からの付き合いです。上の階に住んでるんで、そいつにも聞いてみてください」
メルロー
「わかりました」
カベルネ
「別の質問になりますが、あなたのIDカードが、ピエール・ジャルダンさんの机から出てきたことについて、何か話すことはありますか」
デュポン
「僕のIDカードが……? なぜそんなところにあるんです」
カベルネ
「質問しているのはこちらです」
メルロー
「ではあなたは、そのことについて知らなかった、というわけですか」
デュポン
「はい。銀行をやめたその日に、なくしてしまったんです。早く返さなければと思い探していたのですが、まさかジャルダンが持っていただなんて」
カベルネ
「銀行への侵入、及び警報の解除に利用されていました。保管室はカードでは開けられないため、破壊されていましたが」
デュポン
「あれ、ちょっと待ってください。保管室って、なんのことです。僕はてっきり、横領の件について事情聴取されているのだと思っていたんですけど」
カベルネ
「いえ、我々はワイン窃盗事件の捜査をしています。犯行にあなたのIDカードが使われた為、参考人として話を伺っているのですが……」
デュポン
「窃盗? ワインが盗まれたんですか? あ、もしかして、保管庫にあった、あの高いワインのことですか?」
メルロー
「そうです。事件についてご存知だと思ったのですが」
デュポン
「あー、それで昨晩の僕の行動について聞かれたのですね。先程も申し上げたとおり、僕は今日の昼まですっと寝ていたんです。ニュースも新聞も全然見てないんですよ。そうですか。あれが盗まれましたか……。しかも、それに僕のIDカードが使われただなんて。ひどい話だ。ジャルダンは僕に恨みがあったみたいだから、きっと罪を着せようとして、こんな事をやったんだ。そうに違いない」
カベルネ
「恨み、ですか……そこのところを詳しくお聞かせください」
デュポン
「わかりません。こっちが聞きたいくらいです。彼は僕の学生時代を知っていて、横領したんじゃないかと始めに言い出したのはあいつなんです。普段から僕に何かと突っかかってくることが多くて、正直困ってました」
メルロー
「心当たりがないのですね」
デュポン
「ええ。僕は本当に、何も知りません。まじめに働いて、会社に尽くしていました。僕が何をしたって言うんです。二度に渡って窃盗事件の容疑をかけられるなんて、こんなひどい仕打ち……最悪だ」
メルロー
「心中お察しします。後日、参考人として署に来ていただくことになります。またお話を聞かせてもらいますが、ご協力お願いします」
デュポン
「ええ、もちろんです。一日でも早く、新犯人が捕まる事を祈っていますよ。僕のためにもね」
カベルネ
「犯人逮捕に全力を尽くします。では、我々はこれで」
メルロー
「お時間頂きありがとうございました」
[SE: ドアを閉める音]
メルロー
「……どう思う?」
カベルネ
「誠実を体現したかのような男だな。嘘をついているようには思えない」
メルロー
「隠し事をしている素振りもなかったもんね」
カベルネ
「一緒に飲んでいたというバローという男にも話を聞きに行こう。バルでも裏付けが取れれば、彼のアリバイは成立する」
[SE:足音 去る]
(間)
シャルドネN
「幻のワイン、ロマネ・コンティが盗まれた、ね。それだけでも、ドラマチックな響きがあるな。
それが幻と言われる所以は、一年に作られる本数が限られているから。
手が届かない、だが一度は飲んでみたいワイン、飲めばその素晴らしさにひれ伏すと言われているワイン……」
シャルドネN
「そんなロマネ・コンティといえば、ピノ・ノワールだ。
さてさて、ピノ様は今回の事件を受けて、どんな心境でいるのかな……っと」
[SE: チャイム音(三回)]
ピノ
「一回鳴らせば十分だ、シャル」
シャルドネ
「ボンジュール。チャオ。ハーワーユー? セニョール」
ピノ
「相変わらず元気だな、お前は」
シャルドネ
「ピノは気分最悪って感じだな。例の事件が堪えてんだろ」
ピノ
「私のワインが盗まれるケースは少なくないが、非常に不愉快だ。まったく」
シャルドネ
「そんなピノに耳より情報~。ここに来る前にカベルネたちにあったんだけどよ、話を聞いてみちゃあ、どーも、あのじいさんが怪しい気がすんのよ」
ピノ
「ベルナール氏のことか。彼はそう注意すべき人物だとは思っていなかったが」
シャルドネ
「ワインが盗まれたっつって、銀行に借金を帳消しにしろって言ってるらしいぜ。フツー犯人とっ捕まえてワインを取り返してくれって言うもんだろ、そこは」
ピノ
「確かに気が早いようだ」
シャルドネ
「狂言強盗なんじゃないかっていうのが俺の見解だ」
ピノ
「だが、結局はお前の想像でしかない」
シャルドネ
「そこでだ、事件のことが気になって仕方なーいピノ様のために、少しでも早く真相を明るみに出すべく、ベルナールのじいさん家へ家庭訪問しちゃおうと思いまーす」
ピノ
「なんでそうなる」
シャルドネ
「本人から聞き出すのが一番早いっしょ。俺じいさんとも知り合いだし」
ピノ
「あなたはワインをご自分で盗まれたのですか、なんて聞く気じゃないだろうな」
シャルドネ
「んなアホな質問する訳無いだろ。そこはうまーく聞き出すのよ。俺、そういうのは得意だから」
ピノ
「先が思いやられるな」
シャルドネ
「よし、あの手で行こう」
ピノ
「なんだ」
シャルドネ
「悪い警察官といい警察官ってやつ。俺がいい警察で、ピノ様が悪い警察ね」
ピノ
「なんだそれは」
シャルドネ
「ほら、よく小説やドラマであるだろ? 一人が悪徳警官の役をやってターゲットをゆさぶる。そしてあとから善良な警官が優しい言葉をかける。すると、動揺しているターゲットは善良な警官を頼る……っていう心理を使ったやり方だよ」
ピノ
「我々は警察じゃない」
シャルドネ
「比喩だよ比喩。別に警察じゃなくてもいいんだよ。というわけで、悪徳警官、よろしくな」
ピノ
「相変わらずの無茶ぶりだな。だが、彼はロマネ・コンティの崇拝者だ。ここは私が善良な人間で行くほうがいいんじゃないのか」
シャルドネ
「逆だよ。崇拝されてるあんたが圧力をかけるからこそ、じいさんは動揺し、俺に泣きついてくる……ってなわけだ」
ピノ
「うまくいくといいな」
シャルドネ
「おいおい、うまくいくかどうかは、ピノにかかってんだぜ? あんたが悪い顔をするほど、成功率は上がる。なーに、大丈夫さ。あんたは素でいても充分威圧感があるからな」
ピノ
「言ってくれる」
(間)
[SE:玄関のベルの音]
[SE:上質なドアを開ける]
ベルナール
「これはこれは、ピノ・ノアールさん。わしの別宅へよく来てくださいました。もしいらっしゃることを知っていれば、気の利いた銘酒でもご用意していたところなのですが」
ピノ
「構いません、ムッシュー・ベルナール。近くに寄ったので、少しお顔を拝見したいと思ったのです。昨夜のような事件に合われて、気を落とされているのではないかと心配で」
[SE:ワインの箱の入った紙袋を渡す]
ピノ
「手土産に、私のワインをお持ちしました。喜んでいただけると良いのですが」
ベルナール
「なんと、シャンベルタンではありませんか! 素晴らしい。なんとお礼申し上げれば良いのだか……」
ピノ
「少しでも慰めになればと思った次第です。お気遣いなく」
ベルナール
「(感激して)はあ……」
ピノ
「こちらのシャルドネとは顔見知りだと伺いました。彼もあなたのことを気にかけていましたよ」
シャルドネ
「その通りだ。ムッシュー・ベルナール。あのような事件があって非常に残念です。早く犯人が捕まるよう、願うばかりです」
ベルナール
「優しいお言葉、感謝しますぞ。お二人共。実は事件の後、食事も喉を通らない思いでして。深くショックを受けております。実は、以前から私のコレクションは度々狙われることがありまして。今の私には財産と言えるものがあれくらいしかありません。警察の方々を頼るばかりです」
ピノ
「ムッシュー、景気づけにとまでは行きませんが、明るい話をしましょう。今度、彼の新作映画の撮影があるんです。タイトルは……何といったかな? シャルドネ」
シャルドネ
「「お前たちに明日はない」だ。昨日教えただろう?」
ピノ
「(失笑する)ああ、ひどいセンスだと話していたんだったな」
シャルドネ
「(ピノを睨んで)思い出してくれて何より」
ピノ
「あらすじも昨日、彼の口から聞いたのですが、面白いことに、今回の強盗事件と重なる部分があるのです。
とある資産家が事業に失敗し、彼の愛車を担保にして多額の資金を借入れた。しかし、事業の立て直しはもはや不可能に近く、借金は返せそうにないと悟った資産家は、返済を逃れるため、狂言犯罪を思いつく。腕のいいごろつきを雇い、銀行から愛車を盗ませ、担保が消えたことを理由に銀行側に借金を帳消しにすることに成功する。ことが上手く運び、舞い上がった資産家は、戻ってきた愛車に乗ってドライブに出かけるが、その先で事故にあい、命を落としてしまう……。という結末です。
まるで、ワイン強盗事件の裏側を示唆しているようで、非常に興味深いですね」
ベルナール
「は、はあ、そうですなあ」
シャルドネ
「よせよ、ピノ」
ピノ
「まさか、あなたに限って、そんな喜劇のような狂言犯罪など企てるはずがないでしょう。ねえ。そう願っていますよ」
ベルナール
「勿論です! それは映画の中の話でしょう? まさか、私がそんな……するわけがないじゃあありませんか。はは。あなたも人が悪い……」
ピノ
「なら結構。私の方も、ロマネ・コンティをそんな風に利用する輩がいたら、思い知らせてやらなければならないと思っていたところです。あなたが信用ある方で、本当に良かった」
ベルナール
「あ、はは。恐縮です」
ピノ
「実は以前にも、私のワインが犯罪に悪用されたことがあったのです。犯人は証拠不十分で不起訴になりましたが、私の目には、その人物が罪を犯したことは火を見るより明らかでした。犯人は不正に儲けながら、罰されることなくのうのうと暮らしている。許されるべきことではありません」
ベルナール
「い……如何なさったのです」
ピノ
「人間的にも社会的にもそいつを抹殺しました。奴の全財産を奪い、失脚させ、家族も友人も取り上げ、まさに漆黒の谷へ突き落としてやりましたよ」
シャルドネ
「あの時のピノを思い出すたび、恐ろしくなります。まるで何かに取り憑かれでもしたかのように、あの男を破滅に追いやることだけを考え、日々を送っていました」
ピノ
「貴様には私が狂気の人間に見えたかもしれないが、その男は罪を犯したのだ。受けて当然の裁きだ」
シャルドネ
「だけどね、限度ってものが……」
ピノ
「黙れ。貴様はいつから私に忠告できるほど偉くなったんだ? 口を慎め」
シャルドネ
「……すまない」
ピノ「さて、私はそろそろ失礼させていただきますよ。あなたの健康とますますのご発展をお祈り申し上げます。……行くぞ、シャルドネ」
シャルドネ
「少し、待ってくれないか。ベルナール氏と、話したいことがあるんだ」
ピノ
「……好きにしろ。車の運転はムニエに頼むことにする。お前の代わりはいくらでもいるのだからな」
シャルドネ
「そっちこそ、あまり図に乗るなよ。時代は変わる。あんたが王を気取っていられるのも、あと少しかもしれないぞ」
ピノ
「……ふん」
[SE: 去って行くピノの足音]
シャルドネ
「先ほどはピノが失礼を。ムッシュー・ベルナール。変わって僕が謝ります」
ベルナール
「なにを言うんだ、シャルドネくん。君が謝ることなど、一つもないじゃあないか」
シャルドネ
「ピノはどうやら、あなたが狂言犯罪をしたかもしれないと疑っているのです。それで、さっきのような脅すような真似を……。あいつの気まぐれを、あなたもよくご存知でしょう。その気まぐれのせいで、表舞台から消された人間がいくらもいます。しかし、ご安心ください。僕はあなたの味方です。何かお困りごとがありましたら、どんなことでもご相談にのりますよ」
ベルナール
「君は本当に優しい男だな。以前、取引相手とうまくいかなかった時も、助けてくれたんだったな。君には感謝でいっぱいだ」
シャルドネ
「とんでもない。人のお役に立てることが、僕の喜びです。何か、気にかかっていることがあるのでしょう。僕にはわかります。話して気持ちが落ち着くのでいたら、このシャルドネにお聞かせください。秘密は必ず守ります。お約束します」
ベルナール
「(言うのをためらって)……実は、あの人の言うことは真実なのだ。わしは、とんでもないことをしてしまったんだ」
シャルドネ
「なんですって……では、あのワインはムッシューご自身が盗み出したというのですか」
ベルナール
「身内に頼んでやらせたのだ。……こんなこと、人には到底言えないと思っていたが、わし一人ではかかえきれない」
シャルドネ
「そうでしょうね。では、今ロマネ・コンティは、ムッシューのもとにあるのですね?」
ベルナール
「いいや、違う。わしのところへは戻ってきていない。やつが全部、持って行ってしまったんだ。頼む、わしのワインを取り返しておくれ……!」
シャルドネ
「……は? どういうことです」
ベルナール
「甥のエドモンがわしのロマネ・コンティを全部持っていってしまったんだ! 金は後でいくらでも出す。だから、頼む。わしのワインを取り戻してくれ!!」
シャルドネ
「……いいでしょう、取り戻して差し上げますよ」
ベルナール
「おお、本当か!?」
シャルドネ
「ですがね、銀行からせしめた金はいくら積まれてたって受け取りません。いいですか、ワインは必ずあなたのもとへ届けます。その代わりに……あんたは警察に出頭しろ」
ベルナール
「……!」
シャルドネ
「俺は優しい男だ。善良な人間に対してな。さあ、そのエドモンとかいう甥っ子さんについて、お話願いましょうか」
(間)
[SE:足音]
[SE:車のドアの開閉]
ピノ
「どうだった」
シャルドネ
「全部ゲロったぜ。さすがは俺様ってとこかな」
ピノ
「私に対しての言葉はないのか」
シャルドネ
「なんだ、頭なでて褒めて欲しいのか~?」
ピノ
(手を払う)やめろ。
シャルドネ
「ん? 遠慮するなって。ちゃーんとゲスい音楽家様を演じきれていましたよ~」
ピノ
(虫を払うように手で払って)聞き出したことを話せ」
シャルドネ
「やっぱりあの強盗はじいさんの仕業だ。元銀行員で甥であるデュポンという男を使ったんだ。
じいさんの話によれば、やつはずる賢く、また計算力が異様に高い。表では真面目で誠実な銀行員を装っているようだが、犯罪スレスレのことを繰り返しては、じいさんに金をたかっていたらしい。
現在は盗んだワインをもって逃走中。じいさんは甥と連絡が取れないと言っておろおろしていたよ」
ピノ
「馬鹿な奴だ。
シャルドネ:その甥っ子が脳があるやつなら、ちょっと考えれば、叔父から金を恵んでもらうより、大量のコンティちゃんを売りさばくほうがよっぽど金になるとわかるはずだ。
だが、甘かったな。あのワインはそう簡単には売れねーよ……」
[SE:車のエンジンをかける]
ピノ
「シャル」
シャルドネ
「ああ、わかってるよ。盗難ワインを持ったど素人が行きそうなところ、あたってみるぜ」
[SE:車の発進音]
(間)
[SE:走る音 だんだんと緩やかに]
デュポン
「ふっ……ははは……はははははっ! サルテ(くそったれ)! 見たかこん畜生!
あの警察のやつら、俺の偽善ヅラにすっかり騙されてたって感じだな。
それにしても、銀行の奴らめ、学生の時にちょっと警察のお世話になったことを嗅ぎつけて、犯罪者呼ばわりしやがって。
たった100ユーロの横領容疑かけられて、安定した職も失うなんてな……ああ、胸糞悪い。
だから、これはそのお返しだ。おかげですっきりした。
叔父も人が良すぎるんだよ。あいつは犯罪するのに向いてない。
あとはこのワインをどう捌くか、だが……」
(間)
[SE: カジノのBGM]
デュポン
「おい、ちょっとあんた。ここにモスカートっていうやつがいるって聞いたんだが、知ってるか?」
スタッフ
「ええ、シニョーレ。その方でしたら、あちらのテーブルに」
[SE:足音]
[SE:一際賑やかなテーブル]
デュポン
「ちょっと失礼」
モスカート
「ようこそ、色男。まだゲームは始まったばかりだ。参加するかい?」
デュポン
「いや、シェリーを頼む」
モスカート
「……少し待っててくれ。(テーブルを指で叩き)ちょっと席を外す」
スタッフ
「かしこまりました」
モスカート
「(デュポンに)奥で話そう。さ、こっちへ」
[SE:遠ざかるカジノ]
[SE:足音]
[SE: ドアの開く音]
モスカート
「どうぞ、入ってくれ」
デュポン
「ああ」
モスカート
「おっと、悪いが、ドアを閉めてくれ。自動じゃ閉まらない仕様なもんでね」
デュポン「そうかよ」
[SE:ドアを閉める音]
[SE:ソファに腰を下ろす]
モスカート
「シェリーのことは誰から聞いたのかな?」
デュポン
「名前は知らねえ。ワインを高く買ってくれるやつを探していた時に、あんたのことを噂で聞いた」
モスカート
「そう言う噂はあまり広がって欲しくないもんだな。買うっつっても、モノによるしな」
デュポン
「……ロマネ・コンティはお眼鏡に叶うか」
[SE:ワインをバッグから出す]
モスカート
「へえ、幻のワイン、万人がひれ伏すワイン、と言われたロマネ・コンティ、か……」
デュポン
「こいつだけじゃない。まだ他に20本ほどある。それを全部金に変えて欲しいんだ」
モスカート
「すごい思い切ったことをするじゃんか、あんた。でも……」
モスカート
「(不敵に笑う)……ダメだ」
デュポン
「へ? は、なんでだよ。俺の耳がおかしいわけじゃないよな。あのロマネ・コンティだぞ。それとも、俺のこと疑ってんのか? 偽物を持ってきたって……」
モスカート
「それもあるけどさ」
デュポン
「……じゃあ、他になにがダメなんだ」
モスカート
「俺はな、そういうすぐに足のつく商品では取引しないんでね」
デュポン
「どういうことだよ」
モスカート
「……それさ、ヴィティス銀行から持ってきたやつだろ?」
デュポン
「……!」
モスカート
「何驚いてんだよ。俺じゃなくてもわかるさ。あんたは、上手く事が運んで自分を天才とでも思っているのかもしれないけど、あまりうぬぼれないほうがいいぜ」
デュポン
「なんだと……」
モスカート
「とにかく、残念だが希望には添えない。裏口はあっちだ。どうぞ、お気をつけて」
デュポン
「おい、あんた、見くびるのも大概にしろよ」
モスカート
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。あんたの計画はねずみが食べるチーズみたいに穴だらけ。俺に対しても、高い酒さえ持って来れば金を出してくれる都合のいいやつ、としか見ていないだろ。そんなんじゃ、こっちも取り引きしたいとは思わないね。傲慢な頭を少しは下げる姿勢を見せたらどうだ」
デュポン
「わかった。俺もあんたみたいなやつに売るのはごめんだ。他を当たる」
モスカート
「ま、せいぜい警察に捕まらないよう頑張りな」
デュポン
「タ・ギョール(黙れ)」
モスカート
「おいおい、紳士的に行こうぜ? 俺はあんたを告発しないって言ってんだ。帰る時も、さっき来た時とは反対の通路を使いな。そのほうが安全だ。それとも、警察のお迎えで檻のおうちへ帰りたいか?」
デュポン
「はいはい、お気遣い感謝します」
[SE:ドアの閉まる音]
モスカート
「(電話をかける)オラ(やあ)。お前が飛びつきそうな話があるけれど、聞きたいか?」
(間)
[SE:電話]
フラン
「はい」
シャルドネ
「アロー? その声はフランかなー?」
フラン
「……切るぞ」
シャルドネ
「ああ、待て待て。例の銀行強盗のことで、渡したい情報がある。捜査はどのくらい進んでる?」
フラン
「お前に教える理由がない。情報とはなんだ」
シャルドネ
「そんな一方通行な会話ってあるう? 何事も等価交換、だろ?」
フラン
「はあ……。じゃあいい」
シャルドネ「ちょ、ちょ、ちょ、待て待て待て、切るな、切るなよ? わかった。俺の方から話す。今回の首謀者は、ワインの持ち主、ベルナールのじいさんだ」
フラン
「はあ?」
シャルドネ
「金に困ってたじいさんが、狂言犯罪したんだよ。身内に盗ませて、銀行から賠償金を巻き上げるのが目的だ」
フラン
「どこからそんなでまかせ……」
シャルドネ
「じいさんの口から俺にげろったんだよ!」
フラン
「なんでお前にそんなこと話す」
シャルドネ
「それはッ……ちょっと色々あって」
フラン
「はあ……また勝手な事したんだろう。警察でもないのに刑事ごっこはやめろ」
シャルドネ
「ああ? ごっこってなんだよ。俺のほうが先に真相掴んでんじゃんか。警察の方がお遊びやってんじゃねーの?」
フラン
「(怒りを込めて)本気で言ってるのか?」
シャルドネ
「あー……わり、失言だった。謝る。けど、マジな話だ。じいさんの甥のエドモン・デュポンって男を探したほうがいい。そいつが今ワインを持って逃走している」
フラン
「なんだと……?」
シャルドネ
「じいさんが盗ませたはいいが、連絡が取れないと言って俺に縋ってきた。……すぐ、カベルネたちに連絡したほうがいい」
フラン
「……わかっている」
シャルドネ
「俺も今、やつが行きそうな所を順に当たってみている。ピノも一緒だ。また何かあったら連絡するから。……そんじゃ」
フラン
「……ありがとうな」
シャルドネ
「え?」
[SE:電話を切られる音]
シャルドネ
「ふっ……はは……フランらしいな」
[SE:受話器を置く音]
フラン
「……はあ。あいつを使うか」
(間)
[SE:裏通りの音]
[SE:足音]
フラン
「ああ、グロロか。呼び出して悪い」
グロロ
「……」
フラン
「(写真を渡す)この男を探して欲しい。盗品ワインを売りさばこうとしていると考えられる。市街へ出る可能性は低いが、念のため、そっちの方もあたってくれ」
グロロ
「……」
フラン
「もう少し情報が欲しいって? ……かなりずる賢いらしいが、この手のことは素人だ。だが、場合によっては危ないところへ流れ着いている可能性も否めない」
グロロ
「……」
フラン
「それから、盗品ワインは死守しろ。隠しているようならどうやってでも聞き出せ」
グロロ
「ふふ……」
フラン
「その嬉しそうな顔やめろ。ゾッとする。……くれぐれも殺すなよ」
グロロ
「……ん」
[SE:羽ばたきの音」
フラン
「(ため息)まあ、グロロは保険だ。カベルネ、メルロー、しっかりやってくれよ」
(間)
[SE:走ってくる]
メルロー
「カベルネ、今フランに報告してきたんだけど、そしたら、フランの方から犯人がわかったって……」
カベルネ
「なにっ……」
メルロー
「元銀行員のエドモン・デュポン! 彼がワインを持っている情報が入ったって! 話はおいおいするから、とりあえず彼のアパートへ急ごう!」
カベルネ
「わかった」
[SE:パトカーに乗る音]
カベルネ
だが、あの後バローから聞いた話では、デュポンとはバルで深夜まで飲んでいたと裏付ける証言だったが……」
メルロー
「きっと金を渡してあるんだよ。アリバイを作るためにね。あとはバルで証言が取れたらだけど、それは後! まずはデュポンの身柄を確保するのが先だ!」
[SE:発進音]
(間)
[SE:足音]
メルロー
「鍵を開けてください」
管理人
「ええ、すぐに……」
[SE:ドアを開ける音]
カベルネ
「警察だ! ……くそ! 遅かったか!」
メルロー
「デュポンはあの後、すぐに部屋を出て行ったようだね」
カベルネ
「元々そのつもりだったのだろう。嫌に部屋が片付いていると思った」
管理人
「(不安そうに)何です、デュポンさんは一体何をしたのですか?」
カベルネ
「詳しいことは今話せませんが、彼は今銀行強盗の容疑者として、指名手配されています」
管理人
「なんてこと……。あの人が……?」
メルロー
「大家さん、行き先に心当たりはありませんか?」
管理人
「ないですよ。あんまりお話したことはなかったですけど、気遣いのできるいい人だったのに……」
カベルネ
「人間というものは見かけではわからないものだな」
[SE:電話]
フラン
「いいところに電話をくれた。港町の方へ向かってくれ。デュポンらしき風貌の人物を見かけたという情報が入った」
メルロー
「わかった。すぐ行くよ」
フラン
「情報提供者はシラーだ。今、南区の郵便局の前にいるらしい」
メルロー
「了解。(受話器を置いて)カベルネ、港町でシラーがデュポンを見かけたらしい。フランからそっちへ向かってくれって」
カベルネ
「了解」
(間)
[SE:波の音]
シラー
「よお。パトカーってのはスピードが出せるんだな。俺も乗り換えようかね」
メルロー
「冗談言ってる時じゃないだろ。どのあたりで見かけたんだ?」
シラー
「この近くのレストランまで載せてくれっていう客がいたもんで、駅からこの道通ってそこで降ろしたんだよ。
そしたら、そこのバーから出てきた男に目がいってよ。結構しっかりした身なりしてたから、ああいう男があんな店から出てくるってどうしたもんかね……って何気なく見てたらよ、数メーター後から、例のお花海賊野郎がつけやがってたんだ。だから、あいつ、何かあるなって思ったわけ」
メルロー
「お花海賊って……」
シラー
「わかんだろ? シェリーのやつらだよ」
カベルネ
「それで、署へ連絡したのか」
シラー
「うんにゃ。それだけじゃあ、俺も構ってられねえから見過ごしたけどな。その数分後にグロロが背中から俺を……いや、なんでもねえ。忘れてくれ」
カベルネ
「はあ?」
シラー
「まあまあ、その辺はどーだっていいじゃねーか。とにかく俺はそのデュポンって男を見た」
メルロー
「本当にこの男だった?(写真を見せる)」
シラー
「元ドアマンなめるなよ。コイツで間違いねえぜ」
カベルネ
「それで、後を追ったのか?」
シラー
「追ってねーよ。ちょっと気になったってだけだからよ。指名手配されてるって知ってたら、とっ捕まえてたけどな」
メルロー
「どっちの方角へ歩いて行った?」
シラー
「道路を渡って、そっちの路地へ入っていったな。服装は白シャツにスラックス、紺色の上着でボストンバックを持っていた。やけに重そうだったぜ」
カベルネ
「ワインを持ち歩いているのか……」
シラー
「ワイン? あん中に入ったとしても二本か三本ってところだな。例の強盗犯だろ? 他のはどっかに隠してんだろうよ」
カベルネ
「犯行に使われた車もまだ見つかっていない。もしかすると積んだまま、どこかに停めてあるのかもしれない」
メルロー
「とにかく、今はデュポンを追うことが先だよ。シェリー達が後つけてたっていうなら、ちょっとやばい事になるんじゃないかな」
シラー
「あいつら、仕事の範囲がバリ広だからな。儲け話ならなんでも乗るぜ。なんなら略奪も……」
カベルネ
「急ごう。とりあえず、この周辺を探してみよう。もう暗くなってきている。このあたりは明かりが少ないから、探すのが困難になる」
メルロー
「うん、その通りだ。シラー、情報をありがとう」
シラー
「俺もこの辺うろついてみるからよ」
カベルネ
「感謝する」
シラー
「だから、ここで路チューしてたこと、目エつぶってくれよな」
メルロー
「今回は……ね」
(間)
[SE:足音 立ち止まる]
デュポン
「誰だ」
(返事がない)
デュポン
「……わかってんだぞ。さっきから後つけてること」
パロミノ
「(空から声が降ってくる)ふっ……ふふふ……」
[SE:地面に降り立つ]
パロミノ
「なーんだ。バレてたの。なら早く言ってよねー」
デュポン
「あんた……何の用だ」
パロミノ
「きーちゃったんだよねー。せっかく盗んだ代物を売りたくて売りたくて仕方ないっていう子豚ちゃんがいるって話。それ、君だよね?」
デュポン
「こぶ……。あのモスカートって男から聞いたのか……?」
パロミノ
「モスカートだかミュスカだかどっちでもいいけど、俺ならあんたの望み、叶えてあげられるかも、ね?」
デュポン
「……いくらだ。いくら出す」
パロミノ
「あはっ。せっかちは嫌いだよー。別のところでゆっくり話そう。こんな路地裏じゃ、お話するには不向きでしょ?」
デュポン
「俺は早くこいつを手放したいんだ。悠長にお喋りする気はない」
パロミノ
「ねえ、言うこと聞きなよ。あんたの返事がどうにしろ、俺はそのワイン、手に入れるつもりだし? なるべく穏便に行きたいよねー」
(おもむろに銃を持て遊ぶ)
ペドロ
「そーだよ。キャプテンの言うこと、聞いといた方が身の為だよ?」
デュポン
「うわっ! あんたいきなりどっから……」
ペドロ
「えへへへ……(でかい剣で遊んでいる)」
デュポン
「あんたら……」
ピノ
「その話、私も混ぜてくれないか」
ペドロ
「な!?」
パロミノ
「あーあ、めんどくさいのが来た」
デュポン
「今度はなんだ……?」
[SE:近づいて来る足音。緊張が包む]
ピノ
「問題ないだろう。元々は、私が造ったワイン、なのだから」
ペドロ
「ピノ・ノワール……!」
パロミノ
「あはっ、あはははははは! いきなりお邪魔して、どういうつもり? また音楽家様の気まぐれ?」
ピノ
「ふん……。こうなることを予測して、シャルドネとそれぞれ見張っていた甲斐があったな。
パロミノ、お前がどんな手を使おうと、ベルナール氏のワインは渡さない。
これ以上私のワインが、こんな気温の中、弄ばれるのは非常に不愉快だ。
横暴な海賊気取りには、お引き取り願いたい」
ペドロ
「なんだと!」
パロミノ
「ふん。他の連中は知らないけど、俺は別にあんたのこと、怖いと思ってないんだよねー。
むしろ、病弱で外に出ることもままならないもやしのくせに、なに偉ぶってんだってカンジ。
いくら吠えても、可愛い猫の鳴き声にしか聞こえないや」
ピノ
「よく言う。お前の方こそ、病弱どころか、少しの擦り傷くらいで立ち直れなくなる脆いメンタルのくせに」
パロミノ
「!」
ペドロ
「なっ……!! それを言うなあああああああ!」
[SE:剣を振りかぶる。ピノの背後から、ペドロの剣を跳ね返すアレクサンドリア]
アレク
「はいはい、そこまで。一回落ち着こうな」
ペドロ
「アレク! なんでっ!!」
アレク
「俺は不必要な流血は嫌いなんだよねえ。なあ、パロミノ? 穏便に行きたいんだよなあ?」
パロミノ
「……」
アレク
「(ピノの首元に剣を当て)な、ブルゴーニュの王様も、こんなところで死にたくはないよなあ?
あんたにゃ悪いけれど、ここであんたが静かにしていてくれれば、丸く収まるんだ。
俺たちはワインが欲しい。彼はワインを売りたい。そうだろ、あんた」
デュポン
「あ、ああ」
アレク
「なあ? いい取引じゃないか。あんたのワインといえど、もう人の手に渡ったもんだ。どうしようと、所有者の勝手なんじゃないか?」
ピノ
「真の所有者はベルナール氏だ……!」
アレク
「ぶんどっちまえば関係ないだろ。それに、そいつはこのワインを担保にして銀行から金を受け取ったんだろ? 売り払ったも同然じゃねえか」
ピノ
「売ったのとはわけが違う。それに……彼(デュポン)にこれ以上、罪を重ねて欲しくない。私の願いは、それだ」
デュポン
「……」
パロミノ
「綺麗事はいいんだよ。どうせ何言ったって、あんた一人じゃ俺たちに太刀打ちできないし? 何しに来たんだよってカンジ」
ペドロ
「そーそー!」
アレク
「まあ、なんだ。ちょっと長居しちまったな。こいつのことだから、邪魔に入る前に警察に連絡くらい入れているだろう。……場所を変えるぞ」
パロミノ
「そーだね。ゆっくりお話しようと思ったんだけど、気が変わった。(デュポンに)……ワインの在り処を教えろ。このお口はそれくらい、言うことできるよね?」
デュポン
「……!!」
パロミノ
「やっぱり現物見ないと、信用できないし? そこに持ってる二本だけってんじゃあ、お話にならないもんね」
ペドロ
「僕も見たいなー。どうせ、売っちゃうってことは、お前にはその価値がわかんないんだろ?」
アレク
「さ、早くお喋りしてくれ。いつまでも黙っていると、めんどくさいことになるからなあ」
デュポン
「脅すつもりか……それで金も出さずに取り上げようって魂胆だろ」
アレク
「あんたの態度によるがな」
(間)
[SE:靴音]
シャルドネ
「……すっかり陽が落ちてしまったな。二時間くらい張ってるけど、それらしき男は見かけない。ハズレだったか……いや、まだ油断はできねえけど。
それより、ピノの方は大丈夫なんだろうな。今更だけど、あいつを一人にしたのはまずかった。大人しく俺等を頼ればいいのに、一人で首突っ込んでくところがあるしな……。別れる時も、変なこと言うし」
ピノ(回想)
「もし私を見失っても、お前なら見つけ出せるだろ」
シャルドネ
「……たく。俺をなんだと思ってんだよ。……ん、あれは……グロロ? ……って、なんかこっち来た!?」
グロロ
「……」
シャルドネ
「おいおい、お前が動いてるってことは、結構やばい感じ? ってか近い。怖い」
グロロ
「……」
シャルドネ
「え、なになに? ……シェリーが動いてる、だと?」
グロロ
「……ん」
シャルドネ
「え、迂闊に動くなって? ピノを連れて帰れって、フランから?はいはいゴチューコクありがとさん」
グロロ
「……ん」
シャルドネ
「なに? 向こう? こっちにはいないって?」
グロロ
「……ん」
シャルドネ
「シェリーが向こうに行ったのを見たのか……とすると、ちとピノがやばいかも」
グロロ
「ピノ?
シャルドネ:あいつ、港の方へ行った。鉢合わせしているかもしれない」
グロロ
「……。」
シャルドネ
「なんだよその目! 飼い主の管理不行き届きを咎めるみたいな!」
グロロ
「……」
シャルドネ
「わかってるよ! 探しに行くっての!」
(間)
[SE:車の音]
シラー
よお、どうだ、二人共。手がかりなしって感じか?」
カベルネ
「シラー」
メルロー
「このあたりは細路地が多いし、街灯も少ないから、探すのも一苦労だね」
カベルネ
「せめて奴らのアジトでも掴んでいれば……」
シラー
「港へは行ったか?」
メルロー
「さっき、パトカーで回ってみたけど、それらしい人物は見なかったよ」
シラー
「ああ、俺も行ってみたぜ。あいつらも一応商船を持っているんだろうが、どこに隠してんだか、一度も見たことがねえ」
メルロー
「もしワインが船に積まれて市街に運び出されちゃったら、それこそ探し出せなくなるよ」
カベルネ
「それより、デュポンの身柄を確保する方が大事だ。ワインはその後だ」
メルロー
「……うん」
シラー
「せめて奴らがもう少しアロマ強ければ、わかるんだろうがな。パロミノもヒメネスもアロマ弱ェーしよお。アレキサンドリアはやたらプンプンさせてるが、今はあまり感じねえな」
カベルネ
「……もう一度、港の方を見てみようと思う。
メルローはもう少し、町の方を回ってみてくれ」
メルロー
「うん、わかった」
(間)
アレク
「さてと、そろそろ時間切れだ。素直に教えてくれれば、あんたの欲しい金もすぐに手に入ったのにな。残念だ」
ピノ
「……どうする気だ」
アレク
「どーもこーも、あんたに教える筋合い無いだろ? ……ペドロ」
ペドロ
「言われなくてもわかってるって。(剣を構える)」
ピノ
「後ろに退け!」
デュポン
「ひいっ!」
[SE:鈍い金属の音]
パロミノ
「下手くそ」
ペドロ
「ちょっとー。よけないでよー。下手に動いたら、変なとこ切っちゃうでしょー?」
ピノ
「ワインを手に入れたいんじゃないのか。殺しては何も残らないぞ」
アレク
「誰も殺すなんて言ってないけど?」
パロミノ
「なんだか警戒されてるみたいだからさ、おうちに招待して、おもてなしするんだよ。大抵みんな、喜んでお喋りしてくれるよね」
ペドロ
「んふっふー。僕追いかけっこも好きだよ! ほらほら、ぴょんぴょん逃げちゃってー?」
アレク
「あんまり遠くへ行かすな。すぐ捕まえろ」
ペドロ
「お前に指図されたくないね!」
パロミノ
「で? その音楽家(アルティスタ)様はどーすんの? 俺決めちゃっていーい?」
アレク
「お気に召すままに」
ピノ
「……」
パロミノ
「さっき、俺のいっちばん嫌なこと、言われちゃったからなー」
ピノ
「(腹を蹴られる)ぐっ……!」
パロミノ
「何がいいかなー」
ピノ
「(再び腹を蹴られる)ッ……」
パロミノ
「あ、いーこと思いついちゃった。ペドロー。早くそいつ捕まえて、ワインこっちによこせ」
ペドロ
「はーい」
パロミノ
「あんたの目の前であのワインを割って、その体、赤く染めてやるよ」
ピノ
「……!!」
アレク
「わーお。卑劣だねー」
パロミノ
「ッふふ……いい顔するじゃん。その整った顔がもっと歪むの、見てみたいよねー。
ねえ、殺すよりもさ、ひどいことって、たーくさんあるんだよ?
みんなに守られてのうのうと暮らしてきた貴族様には、そういうのわかんないだろうから、教えてあげるよ」
ピノ
「……ふん。くだらん」
[SE:遠くでボトルが地面にぶつかる音]
ピノ
「(わずかに動揺する)」
ペドロ
「わーい、捕まえたー! 僕の勝ちー!!」
[SE:地面を引きずる音]
パロミノ
「ペドロ、さっさと持って来るんだ」
ペドロ
「あいあいさー!」
パロミノ
「(カバンの中を見て)へえ。わかりやすいねえ。ロマネ・コンティが2本。このビンテージでここまで綺麗に保存されているものはなかなかない。管理が細やかだったんだね、この元持ち主は。
(ピノに見せつけるように)
なんだか壊すのがもったいなくなってきたなー。これでも八千ユーロは下らないし」
アレク
「(口笛)」
ペドロ
「八千ユーロ!!」
パロミノ
「ま、これから水の泡になるんだけどねッ……!」
(ボトルを地面に振り下ろそうとする。)
ピノ
「やめろ……!!」
パロミノ
「う……!」
ペドロ
「な、なに……? この強い香りは……」
ピノ
「(アレクを突き飛ばす)」
アレク
「うっ!」
ピノ
「させない……!(パロミノに体当たり)」
パロミノ
「あっ……!(倒れる)」
ピノは手から落ちそうになったボトルを死守する。
パロミノ
「いっ……たぁ……」
ペドロ
「キャプテン! 大丈夫!?(駆け寄る)」
パロミノ
「エイ!カブロン!……ホデール!(この、くそっ!やられた!)
な……口から、血が出てる……!」
アレク
「ったく、余計なことを……」
ピノ
「口の端をちょっと切っただけだろ」
パロミノ
「ダメだ……いたい……。もうダメだ……」
ペドロ
「この……っ! キャプテンになにしてくれるんだ!」
ピノ
「(顔を蹴られる)っ……!」
アレク
「おい、ペドロ」
ペドロ
「何。アレクはコイツの味方すんの?」
アレク
「そうじゃなくてだな」
ピノ
「ふっ……ふ。パロミノ、自分がそんなで、よく人に暴力をふるえるよな。
ほら、ペドロ・ヒメネス。私のことなど放っておいて、大事な大事なキャプテンの手当をしてやったらどうだ」
ペドロ
「……ッ、キャプテンを侮辱するな……!(剣を振りかざす)」
アレク
「よせ、ペドロ!」
カベルネ
「警察だ!」
シャルドネ
「このおおおおおおおお!(ペドロに体当りする)」
ペドロ
「んな……ッ!(突き飛ばされ、剣を手から落とす)」
カベルネ
「(銃を構えて)手を上げろ。そしてピノから離れるんだ」
アレク
「シャルドネ……それに、警察もお出ましか」
シャルドネ
「ふいー。間に合ってよかったぜ。(ピノを抱き起こす)」
ピノ
「お前な……一歩間違えれば危なかったぞ」
シャルドネ
「ばーか。人の心配してんな。こんにゃろ」
アレク
「ペドロ、ゲームは負けだ。引き上げるぞ」
ペドロ
「くうっ……」
[SE:駆け出す]
カベルネ
「待てっ……!」
シャルドネ
「おいこら、逃げんな!」
[SE:銃撃の音]
[SE:車の音]
シラー
「(道を横に塞いで)ヘイヘイヘイ! 海賊(ピラート)ども、こっから先は通さねえぞ!」
アレク
「チャオ(あばよ)」
[SE:三人は車を踏み越えていく]
シラー
「メルド!(クソ野郎)車の上乗りやがったな!?」
メルロー
「(遅れて到着)何やってんだよ、シラー。逃がしちゃってどうするんだ」
カベルネ
「メルロー」
デュポン
「(身を起こす)ん……んんっ……はっ! 警察か!?(逃げようとする)」
シャルドネ
「メルっ……デュポンが……!」
[SE:地面に倒す]
メルロー
「(取り押さえる)エドモン・デュポン。窃盗の容疑であなたを拘束します」
デュポン
「う……クソ……!」
(間)
○ピノ宅
シャル
「あーあ、かわいそーに。顔面蹴るとか、ほんとひでーよなー」
ピノ
「全くだ。……あんまり見るな」
シャル
「なんだよー」
ピノ
「擦り傷もあるし、顔も腫れている……美しくない」
シャル
「俺の前でんなこと気にしてんの? ばーか、お前の美しくねえとこなんか見慣れてるよ」
ピノ
「……。(屈辱的な顔をする)」
シャル
「わりい、語弊がある言い方だったな。だけど、本当のことだろ?」
ピノ
「……」
シャル
「にしても、お前怪我しすぎだろ。自分弱いの知ってるくせに、なんで自ら突っ込んでいくかなあ」
ピノ
「私のワインがあんなふうに扱われるのは、不愉快極まりない。それが、お前のワインであってもそうだ。我々の生き写しであり、命と同じ重みがある」
シャル
「で・も、お前自身の命とは代えられないだろ。もっと自分大事にしろよ」
ピノ
「私は嗜好品だ。大事にするのは私ではなく人間だ。……それに、あの時もおまえが来ることは分かっていた」
シャル
「俺、信用されているのね」
ピノ
「お前なら私のアロマぐらいすぐ気づくと思ったからだ」
シャル
「ああ、あれやっぱりわざとだったんだな? すっげ強いのでてたから、居場所まるわかりだったぜ。カベルネたちもそうだ。ありゃすごかったぜ。流石はワインの王って感じだな」
ピノ
「ふん……」
シャル
「そうだ、まだ着替えてなかったな。服に土とかホコリとか付いてるぜ。……手伝ってやろうか?」
ピノ
「余計なお節介だ。今回は手は怪我していない」
シャル
「遠慮するなって♪」
ピノ
「うるさい、邪魔だ、出て行ってくれ……」
[SE:カメラのシャッター音]
ムニエ
「(戸口で)うっふふー♪ ふたりの仲良しな写真、撮っちゃったー♪」
シャル
「あ〜! また勝手に撮ったな~!?」
[SE:バタバタと廊下を走っていく足音が二つ]
ピノ
「ふう……。全く騒がしい」
(間)
カベルネN
「デュポンは逮捕されてからは観念したのか大人しくしていたが、ワインの在り処は絶対に吐こうとはしなかった。結局、警察が西区と東区をしらみつぶしに探すことになり、ようやくのことでワインの積まれた車を見つけ出した。ベルナール氏とデュポンはこれから裁判にかけられることになる。俺たちの役目は終わった。
街はいつも通りの朝を迎える」
[SE:けたたましくなる電話]
メルロー
「カベルネ! またスリの被害が出たよ! 今月に入ってもう十件目だよ!? 北区の方では暴行事件が絶えないし、東区の方じゃ詐欺横領事件だらけで、全然追いつかないよ!」
フラン
「おい、カベルネ! シラーがまた喧嘩騒ぎを起こしているらしいぞ! お前の方からガツンと言ってくれ! あいつが通報件数上げているようなもんだぞ!?」
カベルネ
「はいはい、了解……」
カベルネN
「……いつもどおりの、賑やかな朝だ」
《完》
[SE:ドアを開け、降り、歩く足音]
カベルネN
「それは昨日の夜のことだった。
何者かがヴィティス中央銀行に侵入し、ワインの保管室が破壊された。そして、犯人は保管室から、高級ワイン20本あまりを運び出して逃走。
翌朝、銀行へ出勤したシャスラが、保管室のチェックに入ったことで事件が発覚し、警察へと通報した。
そして現在、この俺カベルネ・ソーヴィニョンが、現場へ捜査に向かっている……というところだ。
イタリアではチーズが担保になるように、この街ヴィティスでは、ワインは貨幣と同等の価値を持つ。
つい三か月前に、フランスの資産家フェルディナン・ベルナールが、彼の有名なコレクションであるロマネ・コンティの大半を担保として、ヴィティス銀行から7千ユーロを借入れた。
どうも彼の事業は最近傾きがちだったようだ。大事なワインを手元から離すのは、苦痛だったに違いない。
そして、そのワインが盗まれた今となっては、彼は眠ることもままならないだろう。かわいそうに。
ベルナール氏を睡眠障害から救うために、少しでも早く犯人を捕まえ、コレクションを手の届く場所へ戻してやることだ。
しかし、この事件は、そう簡単なものではなかった。」
[SE:銀行内のざわめき]
カベルネ
「ここの保管室の管理を任されていたのがシャスラ、お前なんだな?」
シャスラ
「そうだよ……。出入庫したワインの管理、室内の温度チェック、それから、ロックの解除も僕の役目だった。ワインのことについてはいろいろ任されていたけれど、銀行員らしいことはほとんどしていない。ワインショップで働くのと変わりないよ。」
カベルネ
「今朝、一番に保管室へ入ったのがお前だったんだな?」
シャスラ
「そうだ。ピエールも一緒だった」
カベルネ
「誰だ?」
シャスラ
「ピエール・ジャルダン。去年就職したフランス人さ。保管室の管理は二人体制なんだ。といっても、僕が休みの時とか、不在の時に代わりをやってくれていたわけで、補助みたいなものだね。最近人が入れ変わったから、色々教えることがあったんだ」
カベルネ
「それで、今朝は一緒に保管室へ向かった、と」
シャスラ
「そう。出勤したらまず、保管室のチェックに入るのが日課だった。しかし、行ってみると派手に保管室の扉が壊されててさ……。何も言葉が出なかった。見ればわかると思うけれど、一応金庫に近い構造をしているから、そう簡単には壊せないのだけれど……」
カベルネ
「(保管室を見て)ああ……確かに、頑丈そうだな」
シャスラ
「慌てて二人で確認したところ、ロマネ・コンティが20ばかり、なくなっていた」
カベルネ
「ベルナール氏のものだけか?」
シャスラ
「他にもつまみ食いするみたいになくなっていたけれど、一番損害額が大きいのはベルナール氏だった。彼のコレクションがまるごと綺麗に盗まれたのだからね」
カベルネ
「しかし、被害に遭っていない高価なワインがあるようだが」
シャスラ
「そうなんだ。アンリ・ジャイエのワインとかね。つい三日前に入れたばかりだ。一番手前にあったから、これも盗られてしまったとばかり思っていたのだけれど、安心したよ」
カベルネ
「もしかすると、ベルナール氏のワインを狙っての犯行の可能性もあるか……」
シャスラ
「そうだ、君のワインもあるんだ。シャトー・ムートン・ロートシルト。むしろこれを盗まなかったのが不思議なくらいだ」
カベルネ
「被害に遭わなくて幸運だ。……扉がこんなにひどく壊されているが、セキュリティの面はどうなんだ」
シャスラ
「もちろん、他の金庫と同等の設備を取り付けていたよ。無理やりこじ開けたり、こんなふうに破壊したりしたら、警報が鳴るようにしてあった。……昨晩は例外だったけれど」
カベルネ
「鳴らなかったんだな?」
シャスラ
「ああ……」
カベルネ
「警備会社にも確認する必要があるようだ。防犯カメラは……ああ、ちゃんと設置されているな」
シャスラ
「そう、あそこに……あっちにも。ここを写しているのはあの二箇所のカメラだ。あとはそこの通路に一箇所、その向こうに……」
カベルネ
「映像を見せてもらっても構わないだろうか」
シャスラ
「いいよ。案内する」
[SE:足音]
(間)
[SE: キーボードの音]
シャスラ
「これが午前一時前の映像だね。だいたいこの時間に警備員が見回りをしているんだ。……あ」
カベルネ
「犯人が映っているな。映ってはいるが……」
シャスラ
「流石に顔は隠しているか。体格からして中肉中背の男、っていうことくらいしかわからないな」
カベルネ
「嫌に堂々としているな……」
シャスラ
「そして手際もいい。電子工具使って……鍵の部分を破壊して、最後は力任せに蹴破って……うえ、カメラに向かって中指立てたよ」
カベルネ
「……銀行か警察に恨みでもあるのか? それともただの挑発か」
シャスラ
「場所を把握しているのか? すぐにあの箱を見つけて運び出してる」
カベルネ
「かなり大きな音を立てているように見えるが、警備員は気付かなかったのか?」
シャスラ
「保管室から警備員室までは結構離れているし、あまり音が届かないんだ。昨晩警備に当たったモローという男に話を聞いてみたんだけど、見回りを終えたばかりで、気が緩んでうとうとしていたようで、破壊する音にも気づけなかったらしい」
カベルネ
「後でその男にも話を聴こう。それにしても、見回りの後にタイミングよく犯行に及んだということは、犯人は銀行関係者の可能性もあるんじゃないか」
シャスラ
「そんな……同僚を疑いたくはないけれど、考えられないことはないな」
カベルネ
「最近、何かおかしいと思う人物はいなかったか」
シャスラ
「そうだな……一週間前にちょっと事件があったんだけど……あ、全部運び終えたようだ」
カベルネ
「やつの向かった先のカメラの映像を出せるか?」
シャスラ
「こっちに行くと、裏に駐車場がある。映像に写っているかもしれない。……ほら、やっぱり出てきた。黒い車にワインを積んでいるけれど、ナンバーまではわからないな……」
カベルネ
「やつは、おそらく監視カメラの場所を把握している。ワインの入った木箱は重いだろうに、出入り口から遠い場所に車を止めたというのは、ナンバーを見られないための策だろう。暗いせいもあり、車種を判別するのも難しい」
シャスラ
「ああ。最近のじゃもっとはっきり映るようだけど、うちのはずいぶん前に取り付けたものだからな」
カベルネ
「保管室のロックも、ひとつ前の古いタイプだったろ。これを期にセキュリティ全般を見直すことを勧める」
シャスラ
「ああ。上に相談してみるよ……」
カベルネ
「ところで、さっき言いかけた事件について、話してくれないか」
シャスラ
「おっと、すまない。一週間前のことだ、銀行の入金額に100ユーロの誤差が出てしまった。横領じゃないかと囁かれ、エドモン・デュポンという男が真っ先に疑われた。彼はピエールと同郷で、学生時代に一度、同級生の金をくすねたことで警察の厄介になっている。だが、今はまじめに働いていて、計算力も高く、仕事もよくできていた。当然彼は憤慨して、ストライキをした。結局は計算ミスで、デュポンはひとつも悪くなかったんだけど、彼はそのまま退職してしまった。保管室の管理も、ジャルダンの前は彼がやっていたんだ」
カベルネ
「そのデュポンという男が、犯行に及んだとは考えられないか」
シャスラ
「あの件で銀行に対して恨みの感情は抱いたかもしれないが、それを実行するような性格だとは到底思えない。とても大人しくて、誠実なやつだった。だからこそ、彼を失ったのは辛いね。ジャルダンは、どうも仕事が雑なところがあって、ちょっと困っている。……僕はデュポンが犯人じゃないことを信じるよ」
カベルネ
「そうか。情報をありがとう」
シャスラ
「また何かあったら話すよ。犯人が捕まることを祈ってる。保管庫を壊した賠償金を請求しないといけないからね」
[SE:ドアの開閉]
カベルネN
「俺はそのあと、警備会社に向かい、昨晩警備を担当した男、モローと話をした。
だが、このややどんくさい男の話から分かることはほぼなかった。
そもそも、見回りと言いながら、肝心の保管庫の前を通ることがなかった。
俺は警備会社に彼を雇用することについて、考え直すよう注意した。
セキュリティについては新たに分かったことがあった。
調べた結果、深夜1時から2時にかけて、セキュリティが解除されていた形跡があったと、警備会社から報告を受けた。
使用されたのは、社員用のIDカード。それも、一週間前に銀行を辞めた人間のものだった。
そう、シャスラの言っていた、エドモン・デュポン。
……ますます怪しくなってきたな」
(間)
〈BGM:警察署〉
フラン
「……なるほどな」
メルロー
「カベルネの言うとおり、そのエドモン・デュポンがやった可能性が高いね」
カベルネ
「ただ、シャスらの他に何人かに話を聞いたんだが、デュポンの評判は悪くはなかった。上部の中に、彼の昔の素行を引き合いに出す連中が居るようだが、一緒に働く人間は口を揃えて真面目で大人しいに性格だと評価している」
フラン
「そんなもの、あてにならんのはお前も知っているだろ。穏やかな人間が強盗や殺人を犯すケースなんて珍しくはない。惑わされるな」
メルロー
「でも、IDカード以外はまだ決定的な証拠が出てきてないんだよね? 現場に指紋も残ってないし、防犯カメラからも顔を特定できない。車のナンバーも判別できないよう注意を払っている……計画性のある狡猾なやつだな」
カベルネ
「IDカードは証拠として決定的じゃないか」
フラン
「盗んで使用した、という線も考えられる。ともかく、その銀行員に話を聞かなきゃならないな」
カベルネ
「メルの方はどうだったんだ」
メルロー
「ベルナールさんのこと? フランから聞いた以上のことは何もわからなかったよ。新しく手を出した事業に失敗したから、泣く泣く自分のコレクションを担保にして、銀行からお金を借りた。
そのワインが盗まれてしまったことで、ひどく心を痛めていらっしゃった。そのくらいだよ」
フラン
「さて、今後の捜査だが、カベルネ、お前には退職した銀行員について調べることを頼もうと思う」
カベルネ
「了解」
フラン
「メルロー、お前にはまた別に頼みたいことがある」
メルロー
「了解」
カベルネ
「三時にまた報告に来る」
フラン
「l何かあれば、すぐ連絡をよこせ」
カベルネ
「ああ」
〈BGM:警察署 FO〉
[SE:足音]
[SE: 追いかけてくる足音]
メルロー
「待って、カベルネ。一緒にお昼食べる時間あるかな」
カベルネ
「ゆっくり座っている余裕はないな」
メルロー
「そこの屋台でサンドイッチを買おう。署内でも美味しいって評判なんだ」
カベルネ
「そうなのか」
メルロー
「フランの分も買ってあげないと。ほうっておくと、食べるのを忘れてる時があるから」
カベルネ
「全くだ、困った奴め」
メルロー
「はは」
[SE: 足音(on)]
メルロー
「ベルナールさんの話なんだけれどね、ちょっと気になったことがあったんだ」
カベルネ
「何もなかった、と言ってなかったか?」
メルロー
「言ったよ。それは本当だ。ただ、僕の主観でしかないんだけど、ベルナールさんの様子が、ちょっと変だったんだ。
話している間中そわそわしているというか、早く話を切り上げたがっているというか……隠し事がある感じ。
でも、どう踏み込んでいいかわからなくて、それ以上何も聞くことができなかった」
カベルネ
「l彼は被害者だ。何を隠すことがあるのだろう」
メルロー
「それは、僕もわからない。質問にはきちんと答えてくれるんだ。だけど、やっぱり、おかしかった。
ワインについてもあまり話に乗ってこなくて。大好きなロマネ・コンティの話を振ったっていうのに、そっけない返事ばかりでさ」
[SE: ふたりの肩を掴む音]
シャルドネ
「誰の大好きなコンティちゃんだって?」
メルロー
「わ!」
カベルネ
「シャル……なんでいるんだ」
シャルドネ
「ひでーな、カベルネ。俺がサンドイッチ買いに来ちゃダメってか? お前らも屋台に行くところだったんだろ。お仲間だぜ。
それで、さっき話してたのってもしかして、あのベルナールのじいさんのことか? ん? あたりだろ」
メルロー
「相変わらず、情報が早いね」
シャルドネ
「馬鹿言え、あんなに新聞にでかでかと取り上げられてたんだぞ。知らねえのは新聞を読まねえ奴か字の読めない赤ちゃんくらいだぜ。で、何だ、捜査難航って感じか?」
カベルネ
「被疑者は出ている。これからってところだな」
シャルドネ
「お、さすがはカベルネさん。進路良好、順風満帆なわけね。そりゃよかった」
カベルネ
「そこまで言ってはいないがな」
シャルドネ
「俺もあのじいさんのコレクション、見せてもらったことがあるけどな、筋金入りのマニアだぜ、ありゃあ。コンティちゃんのためにどれだけ金をつぎ込んだかわからねえ。
事業が失敗のどうのこうのの前に、既に財産傾いてたんじゃねえの、ってくらいにさ」
メルロー
「その時、ワインのことも話したりした?」
シャルドネ
「話した、なんてもんじゃねーよ。演説をスピーカーから垂れ流すみたいにさ、ずーっとつらつらしゃべり続けてやがんの。口を挟む隙もなかったぜ」
メルロー
「やっぱり、あの時何か隠してたんだ」
シャルドネ
「隠してた? じいさんがか?」
メルロー
「うん、なんだかあまりワインについて話したくないみたいだった……」
シャルドネ
「じいさんと会ったんだ?」
メルロー
「午前中にね。あまり捜査状況を深くは話せないけど、僕と会った時のベルナールさんは、そわそわして落ち着かない様子だったんだ」
シャルドネ
「ははーん。事件はワインの盗難だけじゃない、ってわけか。被害者であるじいさんが隠し事をしてるってなると、どんなことだろうな?」
カベルネ
「おそらく、事件について自分が不利になること、じゃないか」
シャルドネ
「汚職かな? それともワインが偽物だったとか」
カベルネ
「もしそうなら、銀行側としても一大事だ」
メルロー
「信用を裏切られたようなものだからね」
シャルドネ
「でもベルナールのじいさんの汚職の噂なんて聞いたことねえぞ」
メルロー
「そういえば、銀行から人が来るからといって、時間を気にしていたな」
カベルネ
「ベルナール氏が?」
メルロー
「秘書と話しているのがちらと聞こえてしまったのだけれど、どうもワインが盗まれたのを理由に、借入返済を取り消しにしてもらうつもりらしいよ」
シャルドネ
「へーえ。これでワインが戻ってきたらじいさんは儲け物だな。俺もシャブリちゃんを銀行に入れて盗んでもらおうかね」
カベルネ
「変なこと言うな、シャル」
シャルドネ
「冗談だっての。本当にするわけねーだろ。……いや、案外ありかもしれねえぜ」
カベルネ
「やめとけ。お前を捕まえたくなんかない」
シャルドネ
「俺じゃなくてよ、じいさんの話」
メルロー
「どういうことだい?」
シャルドネ
「ベルナールのじいさんの自作自演ってやつだよ。
カネに困っていたじいさんは、銀行に大事な大事なコンティちゃんをあずけた。
そして、銀行の人間を買収し、自分のワインを盗ませる。
翌日、盗難事件があったと大騒ぎして、銀行の防犯に問題がある、担保を失ったから返済金をちゃらにしろ、とけしかける。
そうしてじいさんは銀行に金を返すことなく、大事なコンティちゃんも手元に戻って一件落着」
カベルネ
「そんなうまくいくか」
シャルドネ
「シナリオとしては結構よさげだと思うけど」
メルロー
「l可能性としてはありだけど、想像でしかないね。これで説得力のある証拠でも出てくれば、信ぴょう性もあがるけど」
シャルドネ
「カベルネさーん。期待してるよ」
カベルネ
「俺任せなのか。まあ、これからまた捜査に行くわけだが……」
カベルネN
「シャルドネの言うことも、なきにもあらず、だ。
だが、まだ証拠となる事実が少ない。
とりあえず、俺はメルローたちと別れると、エドモン・デュポンなる人物について調べた」
(間)
カベルネN
「エドモン・デュポン。生まれはフランス。
学生時代は成績優秀で素行も問題がないようだったが、一度だけ同級生から金を盗んだとして警察の世話になっている。
だが汚点はその一件だけで、それ以降は問題行動は見受けられず、順調に大学を卒業、ヴィティス中央銀行に就職した。
シャスラの言っていた一週間前のあの件さえなければ、彼はそこで一生を勤め上げていたはずだったろう。
現在は無職、西区近くのアパートに部屋を借りているらしい。
俺は参考人として話を聞くため、メルローとともに彼の元をたずねることにした」
[SE: 足音]
メルロー
「カベルネが警察署を離れている間に、フランのところに銀行から連絡が入ったんだ。
デュポンのIDカードが、元同僚の机の引き出しから見つかった、てね」
カベルネ
「机の引き出し……か」
メルロー
「元同僚の名前はピエール・ジャルダン。デュポンとはあまり仲が良くなかったみたいだよ」
カベルネ
「その名前は俺も聞いた。デュポンが仕事を辞めてから、彼の代わりに保管庫の管理を担当している人物だ」
メルロー
「シャスラから聞いたんだね。
彼の背格好は中肉中背、やややせ型だったけど、少し着込めば監視カメラの人物の体格とよく似ていたよ。
デュポンの犯行と見せかけるため、彼のIDカードをくすねて使ったんじゃないか、と考えられるけど、ジャルダンは、何故こんなものが自分の机に入っているのかわからない、昨日まではなかった、身に覚えがない、と犯行を否認している」
カベルネ
「認める人間の方が少ないだろうさ」
メルロー
「まあね。これから会うデュポンから、ひとつでも手がかりが掴めるといいね」
カベルネ
「と……着いたな。このアパートのようだ」
[SE:足音]
メルロー
「デュポンが住んでいるのは、この部屋だね」
[SE: 玄関のチャイム音]
デュポン
「……はい」
カベルネ
「ボンジュール。エドモン・デュポンですね? ヴィティス中央警察のカベルネ・ソーヴィニヨンです。少しお話を伺いたいのですが、お時間いただけますか」
デュポン
「ええ、どうぞ」
メルロー(小声で)
「すんなり中へ入れてくれたね」
カベルネ(小声で)
「さっぱりした部屋だな。物がほとんどない。
ここにあれを運び込んだ様子はなさそうだな。
自宅ではない安全な場所に隠したか、それとももう手元にないのか……」
デュポン
「銀行のことについて、僕に話を聞きにこられたんですよね?」
メルロー
「ええ。その通りです」
デュポン
「僕の知っていることでしたら、なんでも話しますよ……。あの銀行には正直腹が立ってますけれど、でも真実が明るみに出るのであれば、協力はおしみません」
カベルネ
「そう言っていただき、感謝します。まず、あなたが昨晩、どこにいたかを詳しく話してください」
デュポン
「え、ええ。昨晩は、友達と飲んでいました。北区にあるデッラ・カッサっていうバルです。7時から深夜までそこにいました。その後は僕の家に移動して、飲み直しました。寝たのはいつだか覚えていません。目が覚めたのは昼過ぎでした。ついさっき、その片付けが済んだところです。でも、それが何か関係あるのでしょうか」
カベルネ
「もちろん捜査上、大事なことです。しかし、感心しませんね。なぜそんなに飲まれたんです」
デュポン
「そんなの、僕の勝手じゃないですか。普段はそんなことしませんよ。酒を口にするのだって、一ヶ月に三回あれば多い方です。だけど、時にはその力に頼りたくなることだってあるでしょう。僕からその友達を飲みに誘いました。でも相手は僕と違って酒に強かった。おかげで一晩中付き合わされましたよ。愚痴を言いたいのは僕の方なのに」
カベルネ
「店を出た時間は覚えていますか」
デュポン
「いや、二人共酔っていたから、はっきりとした時間は記憶していません。だけど……店を出る前に、日を越しちまったな、って言ってたのは覚えてるんで、たぶん午前零時以降だったのだと思います」
メルロー
「一緒にいたお友達の名前を教えていただけますか?」
デュポン
「ラウール・バローという男です。大学からの付き合いです。上の階に住んでるんで、そいつにも聞いてみてください」
メルロー
「わかりました」
カベルネ
「別の質問になりますが、あなたのIDカードが、ピエール・ジャルダンさんの机から出てきたことについて、何か話すことはありますか」
デュポン
「僕のIDカードが……? なぜそんなところにあるんです」
カベルネ
「質問しているのはこちらです」
メルロー
「ではあなたは、そのことについて知らなかった、というわけですか」
デュポン
「はい。銀行をやめたその日に、なくしてしまったんです。早く返さなければと思い探していたのですが、まさかジャルダンが持っていただなんて」
カベルネ
「銀行への侵入、及び警報の解除に利用されていました。保管室はカードでは開けられないため、破壊されていましたが」
デュポン
「あれ、ちょっと待ってください。保管室って、なんのことです。僕はてっきり、横領の件について事情聴取されているのだと思っていたんですけど」
カベルネ
「いえ、我々はワイン窃盗事件の捜査をしています。犯行にあなたのIDカードが使われた為、参考人として話を伺っているのですが……」
デュポン
「窃盗? ワインが盗まれたんですか? あ、もしかして、保管庫にあった、あの高いワインのことですか?」
メルロー
「そうです。事件についてご存知だと思ったのですが」
デュポン
「あー、それで昨晩の僕の行動について聞かれたのですね。先程も申し上げたとおり、僕は今日の昼まですっと寝ていたんです。ニュースも新聞も全然見てないんですよ。そうですか。あれが盗まれましたか……。しかも、それに僕のIDカードが使われただなんて。ひどい話だ。ジャルダンは僕に恨みがあったみたいだから、きっと罪を着せようとして、こんな事をやったんだ。そうに違いない」
カベルネ
「恨み、ですか……そこのところを詳しくお聞かせください」
デュポン
「わかりません。こっちが聞きたいくらいです。彼は僕の学生時代を知っていて、横領したんじゃないかと始めに言い出したのはあいつなんです。普段から僕に何かと突っかかってくることが多くて、正直困ってました」
メルロー
「心当たりがないのですね」
デュポン
「ええ。僕は本当に、何も知りません。まじめに働いて、会社に尽くしていました。僕が何をしたって言うんです。二度に渡って窃盗事件の容疑をかけられるなんて、こんなひどい仕打ち……最悪だ」
メルロー
「心中お察しします。後日、参考人として署に来ていただくことになります。またお話を聞かせてもらいますが、ご協力お願いします」
デュポン
「ええ、もちろんです。一日でも早く、新犯人が捕まる事を祈っていますよ。僕のためにもね」
カベルネ
「犯人逮捕に全力を尽くします。では、我々はこれで」
メルロー
「お時間頂きありがとうございました」
[SE: ドアを閉める音]
メルロー
「……どう思う?」
カベルネ
「誠実を体現したかのような男だな。嘘をついているようには思えない」
メルロー
「隠し事をしている素振りもなかったもんね」
カベルネ
「一緒に飲んでいたというバローという男にも話を聞きに行こう。バルでも裏付けが取れれば、彼のアリバイは成立する」
[SE:足音 去る]
(間)
シャルドネN
「幻のワイン、ロマネ・コンティが盗まれた、ね。それだけでも、ドラマチックな響きがあるな。
それが幻と言われる所以は、一年に作られる本数が限られているから。
手が届かない、だが一度は飲んでみたいワイン、飲めばその素晴らしさにひれ伏すと言われているワイン……」
シャルドネN
「そんなロマネ・コンティといえば、ピノ・ノワールだ。
さてさて、ピノ様は今回の事件を受けて、どんな心境でいるのかな……っと」
[SE: チャイム音(三回)]
ピノ
「一回鳴らせば十分だ、シャル」
シャルドネ
「ボンジュール。チャオ。ハーワーユー? セニョール」
ピノ
「相変わらず元気だな、お前は」
シャルドネ
「ピノは気分最悪って感じだな。例の事件が堪えてんだろ」
ピノ
「私のワインが盗まれるケースは少なくないが、非常に不愉快だ。まったく」
シャルドネ
「そんなピノに耳より情報~。ここに来る前にカベルネたちにあったんだけどよ、話を聞いてみちゃあ、どーも、あのじいさんが怪しい気がすんのよ」
ピノ
「ベルナール氏のことか。彼はそう注意すべき人物だとは思っていなかったが」
シャルドネ
「ワインが盗まれたっつって、銀行に借金を帳消しにしろって言ってるらしいぜ。フツー犯人とっ捕まえてワインを取り返してくれって言うもんだろ、そこは」
ピノ
「確かに気が早いようだ」
シャルドネ
「狂言強盗なんじゃないかっていうのが俺の見解だ」
ピノ
「だが、結局はお前の想像でしかない」
シャルドネ
「そこでだ、事件のことが気になって仕方なーいピノ様のために、少しでも早く真相を明るみに出すべく、ベルナールのじいさん家へ家庭訪問しちゃおうと思いまーす」
ピノ
「なんでそうなる」
シャルドネ
「本人から聞き出すのが一番早いっしょ。俺じいさんとも知り合いだし」
ピノ
「あなたはワインをご自分で盗まれたのですか、なんて聞く気じゃないだろうな」
シャルドネ
「んなアホな質問する訳無いだろ。そこはうまーく聞き出すのよ。俺、そういうのは得意だから」
ピノ
「先が思いやられるな」
シャルドネ
「よし、あの手で行こう」
ピノ
「なんだ」
シャルドネ
「悪い警察官といい警察官ってやつ。俺がいい警察で、ピノ様が悪い警察ね」
ピノ
「なんだそれは」
シャルドネ
「ほら、よく小説やドラマであるだろ? 一人が悪徳警官の役をやってターゲットをゆさぶる。そしてあとから善良な警官が優しい言葉をかける。すると、動揺しているターゲットは善良な警官を頼る……っていう心理を使ったやり方だよ」
ピノ
「我々は警察じゃない」
シャルドネ
「比喩だよ比喩。別に警察じゃなくてもいいんだよ。というわけで、悪徳警官、よろしくな」
ピノ
「相変わらずの無茶ぶりだな。だが、彼はロマネ・コンティの崇拝者だ。ここは私が善良な人間で行くほうがいいんじゃないのか」
シャルドネ
「逆だよ。崇拝されてるあんたが圧力をかけるからこそ、じいさんは動揺し、俺に泣きついてくる……ってなわけだ」
ピノ
「うまくいくといいな」
シャルドネ
「おいおい、うまくいくかどうかは、ピノにかかってんだぜ? あんたが悪い顔をするほど、成功率は上がる。なーに、大丈夫さ。あんたは素でいても充分威圧感があるからな」
ピノ
「言ってくれる」
(間)
[SE:玄関のベルの音]
[SE:上質なドアを開ける]
ベルナール
「これはこれは、ピノ・ノアールさん。わしの別宅へよく来てくださいました。もしいらっしゃることを知っていれば、気の利いた銘酒でもご用意していたところなのですが」
ピノ
「構いません、ムッシュー・ベルナール。近くに寄ったので、少しお顔を拝見したいと思ったのです。昨夜のような事件に合われて、気を落とされているのではないかと心配で」
[SE:ワインの箱の入った紙袋を渡す]
ピノ
「手土産に、私のワインをお持ちしました。喜んでいただけると良いのですが」
ベルナール
「なんと、シャンベルタンではありませんか! 素晴らしい。なんとお礼申し上げれば良いのだか……」
ピノ
「少しでも慰めになればと思った次第です。お気遣いなく」
ベルナール
「(感激して)はあ……」
ピノ
「こちらのシャルドネとは顔見知りだと伺いました。彼もあなたのことを気にかけていましたよ」
シャルドネ
「その通りだ。ムッシュー・ベルナール。あのような事件があって非常に残念です。早く犯人が捕まるよう、願うばかりです」
ベルナール
「優しいお言葉、感謝しますぞ。お二人共。実は事件の後、食事も喉を通らない思いでして。深くショックを受けております。実は、以前から私のコレクションは度々狙われることがありまして。今の私には財産と言えるものがあれくらいしかありません。警察の方々を頼るばかりです」
ピノ
「ムッシュー、景気づけにとまでは行きませんが、明るい話をしましょう。今度、彼の新作映画の撮影があるんです。タイトルは……何といったかな? シャルドネ」
シャルドネ
「「お前たちに明日はない」だ。昨日教えただろう?」
ピノ
「(失笑する)ああ、ひどいセンスだと話していたんだったな」
シャルドネ
「(ピノを睨んで)思い出してくれて何より」
ピノ
「あらすじも昨日、彼の口から聞いたのですが、面白いことに、今回の強盗事件と重なる部分があるのです。
とある資産家が事業に失敗し、彼の愛車を担保にして多額の資金を借入れた。しかし、事業の立て直しはもはや不可能に近く、借金は返せそうにないと悟った資産家は、返済を逃れるため、狂言犯罪を思いつく。腕のいいごろつきを雇い、銀行から愛車を盗ませ、担保が消えたことを理由に銀行側に借金を帳消しにすることに成功する。ことが上手く運び、舞い上がった資産家は、戻ってきた愛車に乗ってドライブに出かけるが、その先で事故にあい、命を落としてしまう……。という結末です。
まるで、ワイン強盗事件の裏側を示唆しているようで、非常に興味深いですね」
ベルナール
「は、はあ、そうですなあ」
シャルドネ
「よせよ、ピノ」
ピノ
「まさか、あなたに限って、そんな喜劇のような狂言犯罪など企てるはずがないでしょう。ねえ。そう願っていますよ」
ベルナール
「勿論です! それは映画の中の話でしょう? まさか、私がそんな……するわけがないじゃあありませんか。はは。あなたも人が悪い……」
ピノ
「なら結構。私の方も、ロマネ・コンティをそんな風に利用する輩がいたら、思い知らせてやらなければならないと思っていたところです。あなたが信用ある方で、本当に良かった」
ベルナール
「あ、はは。恐縮です」
ピノ
「実は以前にも、私のワインが犯罪に悪用されたことがあったのです。犯人は証拠不十分で不起訴になりましたが、私の目には、その人物が罪を犯したことは火を見るより明らかでした。犯人は不正に儲けながら、罰されることなくのうのうと暮らしている。許されるべきことではありません」
ベルナール
「い……如何なさったのです」
ピノ
「人間的にも社会的にもそいつを抹殺しました。奴の全財産を奪い、失脚させ、家族も友人も取り上げ、まさに漆黒の谷へ突き落としてやりましたよ」
シャルドネ
「あの時のピノを思い出すたび、恐ろしくなります。まるで何かに取り憑かれでもしたかのように、あの男を破滅に追いやることだけを考え、日々を送っていました」
ピノ
「貴様には私が狂気の人間に見えたかもしれないが、その男は罪を犯したのだ。受けて当然の裁きだ」
シャルドネ
「だけどね、限度ってものが……」
ピノ
「黙れ。貴様はいつから私に忠告できるほど偉くなったんだ? 口を慎め」
シャルドネ
「……すまない」
ピノ「さて、私はそろそろ失礼させていただきますよ。あなたの健康とますますのご発展をお祈り申し上げます。……行くぞ、シャルドネ」
シャルドネ
「少し、待ってくれないか。ベルナール氏と、話したいことがあるんだ」
ピノ
「……好きにしろ。車の運転はムニエに頼むことにする。お前の代わりはいくらでもいるのだからな」
シャルドネ
「そっちこそ、あまり図に乗るなよ。時代は変わる。あんたが王を気取っていられるのも、あと少しかもしれないぞ」
ピノ
「……ふん」
[SE: 去って行くピノの足音]
シャルドネ
「先ほどはピノが失礼を。ムッシュー・ベルナール。変わって僕が謝ります」
ベルナール
「なにを言うんだ、シャルドネくん。君が謝ることなど、一つもないじゃあないか」
シャルドネ
「ピノはどうやら、あなたが狂言犯罪をしたかもしれないと疑っているのです。それで、さっきのような脅すような真似を……。あいつの気まぐれを、あなたもよくご存知でしょう。その気まぐれのせいで、表舞台から消された人間がいくらもいます。しかし、ご安心ください。僕はあなたの味方です。何かお困りごとがありましたら、どんなことでもご相談にのりますよ」
ベルナール
「君は本当に優しい男だな。以前、取引相手とうまくいかなかった時も、助けてくれたんだったな。君には感謝でいっぱいだ」
シャルドネ
「とんでもない。人のお役に立てることが、僕の喜びです。何か、気にかかっていることがあるのでしょう。僕にはわかります。話して気持ちが落ち着くのでいたら、このシャルドネにお聞かせください。秘密は必ず守ります。お約束します」
ベルナール
「(言うのをためらって)……実は、あの人の言うことは真実なのだ。わしは、とんでもないことをしてしまったんだ」
シャルドネ
「なんですって……では、あのワインはムッシューご自身が盗み出したというのですか」
ベルナール
「身内に頼んでやらせたのだ。……こんなこと、人には到底言えないと思っていたが、わし一人ではかかえきれない」
シャルドネ
「そうでしょうね。では、今ロマネ・コンティは、ムッシューのもとにあるのですね?」
ベルナール
「いいや、違う。わしのところへは戻ってきていない。やつが全部、持って行ってしまったんだ。頼む、わしのワインを取り返しておくれ……!」
シャルドネ
「……は? どういうことです」
ベルナール
「甥のエドモンがわしのロマネ・コンティを全部持っていってしまったんだ! 金は後でいくらでも出す。だから、頼む。わしのワインを取り戻してくれ!!」
シャルドネ
「……いいでしょう、取り戻して差し上げますよ」
ベルナール
「おお、本当か!?」
シャルドネ
「ですがね、銀行からせしめた金はいくら積まれてたって受け取りません。いいですか、ワインは必ずあなたのもとへ届けます。その代わりに……あんたは警察に出頭しろ」
ベルナール
「……!」
シャルドネ
「俺は優しい男だ。善良な人間に対してな。さあ、そのエドモンとかいう甥っ子さんについて、お話願いましょうか」
(間)
[SE:足音]
[SE:車のドアの開閉]
ピノ
「どうだった」
シャルドネ
「全部ゲロったぜ。さすがは俺様ってとこかな」
ピノ
「私に対しての言葉はないのか」
シャルドネ
「なんだ、頭なでて褒めて欲しいのか~?」
ピノ
(手を払う)やめろ。
シャルドネ
「ん? 遠慮するなって。ちゃーんとゲスい音楽家様を演じきれていましたよ~」
ピノ
(虫を払うように手で払って)聞き出したことを話せ」
シャルドネ
「やっぱりあの強盗はじいさんの仕業だ。元銀行員で甥であるデュポンという男を使ったんだ。
じいさんの話によれば、やつはずる賢く、また計算力が異様に高い。表では真面目で誠実な銀行員を装っているようだが、犯罪スレスレのことを繰り返しては、じいさんに金をたかっていたらしい。
現在は盗んだワインをもって逃走中。じいさんは甥と連絡が取れないと言っておろおろしていたよ」
ピノ
「馬鹿な奴だ。
シャルドネ:その甥っ子が脳があるやつなら、ちょっと考えれば、叔父から金を恵んでもらうより、大量のコンティちゃんを売りさばくほうがよっぽど金になるとわかるはずだ。
だが、甘かったな。あのワインはそう簡単には売れねーよ……」
[SE:車のエンジンをかける]
ピノ
「シャル」
シャルドネ
「ああ、わかってるよ。盗難ワインを持ったど素人が行きそうなところ、あたってみるぜ」
[SE:車の発進音]
(間)
[SE:走る音 だんだんと緩やかに]
デュポン
「ふっ……ははは……はははははっ! サルテ(くそったれ)! 見たかこん畜生!
あの警察のやつら、俺の偽善ヅラにすっかり騙されてたって感じだな。
それにしても、銀行の奴らめ、学生の時にちょっと警察のお世話になったことを嗅ぎつけて、犯罪者呼ばわりしやがって。
たった100ユーロの横領容疑かけられて、安定した職も失うなんてな……ああ、胸糞悪い。
だから、これはそのお返しだ。おかげですっきりした。
叔父も人が良すぎるんだよ。あいつは犯罪するのに向いてない。
あとはこのワインをどう捌くか、だが……」
(間)
[SE: カジノのBGM]
デュポン
「おい、ちょっとあんた。ここにモスカートっていうやつがいるって聞いたんだが、知ってるか?」
スタッフ
「ええ、シニョーレ。その方でしたら、あちらのテーブルに」
[SE:足音]
[SE:一際賑やかなテーブル]
デュポン
「ちょっと失礼」
モスカート
「ようこそ、色男。まだゲームは始まったばかりだ。参加するかい?」
デュポン
「いや、シェリーを頼む」
モスカート
「……少し待っててくれ。(テーブルを指で叩き)ちょっと席を外す」
スタッフ
「かしこまりました」
モスカート
「(デュポンに)奥で話そう。さ、こっちへ」
[SE:遠ざかるカジノ]
[SE:足音]
[SE: ドアの開く音]
モスカート
「どうぞ、入ってくれ」
デュポン
「ああ」
モスカート
「おっと、悪いが、ドアを閉めてくれ。自動じゃ閉まらない仕様なもんでね」
デュポン「そうかよ」
[SE:ドアを閉める音]
[SE:ソファに腰を下ろす]
モスカート
「シェリーのことは誰から聞いたのかな?」
デュポン
「名前は知らねえ。ワインを高く買ってくれるやつを探していた時に、あんたのことを噂で聞いた」
モスカート
「そう言う噂はあまり広がって欲しくないもんだな。買うっつっても、モノによるしな」
デュポン
「……ロマネ・コンティはお眼鏡に叶うか」
[SE:ワインをバッグから出す]
モスカート
「へえ、幻のワイン、万人がひれ伏すワイン、と言われたロマネ・コンティ、か……」
デュポン
「こいつだけじゃない。まだ他に20本ほどある。それを全部金に変えて欲しいんだ」
モスカート
「すごい思い切ったことをするじゃんか、あんた。でも……」
モスカート
「(不敵に笑う)……ダメだ」
デュポン
「へ? は、なんでだよ。俺の耳がおかしいわけじゃないよな。あのロマネ・コンティだぞ。それとも、俺のこと疑ってんのか? 偽物を持ってきたって……」
モスカート
「それもあるけどさ」
デュポン
「……じゃあ、他になにがダメなんだ」
モスカート
「俺はな、そういうすぐに足のつく商品では取引しないんでね」
デュポン
「どういうことだよ」
モスカート
「……それさ、ヴィティス銀行から持ってきたやつだろ?」
デュポン
「……!」
モスカート
「何驚いてんだよ。俺じゃなくてもわかるさ。あんたは、上手く事が運んで自分を天才とでも思っているのかもしれないけど、あまりうぬぼれないほうがいいぜ」
デュポン
「なんだと……」
モスカート
「とにかく、残念だが希望には添えない。裏口はあっちだ。どうぞ、お気をつけて」
デュポン
「おい、あんた、見くびるのも大概にしろよ」
モスカート
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。あんたの計画はねずみが食べるチーズみたいに穴だらけ。俺に対しても、高い酒さえ持って来れば金を出してくれる都合のいいやつ、としか見ていないだろ。そんなんじゃ、こっちも取り引きしたいとは思わないね。傲慢な頭を少しは下げる姿勢を見せたらどうだ」
デュポン
「わかった。俺もあんたみたいなやつに売るのはごめんだ。他を当たる」
モスカート
「ま、せいぜい警察に捕まらないよう頑張りな」
デュポン
「タ・ギョール(黙れ)」
モスカート
「おいおい、紳士的に行こうぜ? 俺はあんたを告発しないって言ってんだ。帰る時も、さっき来た時とは反対の通路を使いな。そのほうが安全だ。それとも、警察のお迎えで檻のおうちへ帰りたいか?」
デュポン
「はいはい、お気遣い感謝します」
[SE:ドアの閉まる音]
モスカート
「(電話をかける)オラ(やあ)。お前が飛びつきそうな話があるけれど、聞きたいか?」
(間)
[SE:電話]
フラン
「はい」
シャルドネ
「アロー? その声はフランかなー?」
フラン
「……切るぞ」
シャルドネ
「ああ、待て待て。例の銀行強盗のことで、渡したい情報がある。捜査はどのくらい進んでる?」
フラン
「お前に教える理由がない。情報とはなんだ」
シャルドネ
「そんな一方通行な会話ってあるう? 何事も等価交換、だろ?」
フラン
「はあ……。じゃあいい」
シャルドネ「ちょ、ちょ、ちょ、待て待て待て、切るな、切るなよ? わかった。俺の方から話す。今回の首謀者は、ワインの持ち主、ベルナールのじいさんだ」
フラン
「はあ?」
シャルドネ
「金に困ってたじいさんが、狂言犯罪したんだよ。身内に盗ませて、銀行から賠償金を巻き上げるのが目的だ」
フラン
「どこからそんなでまかせ……」
シャルドネ
「じいさんの口から俺にげろったんだよ!」
フラン
「なんでお前にそんなこと話す」
シャルドネ
「それはッ……ちょっと色々あって」
フラン
「はあ……また勝手な事したんだろう。警察でもないのに刑事ごっこはやめろ」
シャルドネ
「ああ? ごっこってなんだよ。俺のほうが先に真相掴んでんじゃんか。警察の方がお遊びやってんじゃねーの?」
フラン
「(怒りを込めて)本気で言ってるのか?」
シャルドネ
「あー……わり、失言だった。謝る。けど、マジな話だ。じいさんの甥のエドモン・デュポンって男を探したほうがいい。そいつが今ワインを持って逃走している」
フラン
「なんだと……?」
シャルドネ
「じいさんが盗ませたはいいが、連絡が取れないと言って俺に縋ってきた。……すぐ、カベルネたちに連絡したほうがいい」
フラン
「……わかっている」
シャルドネ
「俺も今、やつが行きそうな所を順に当たってみている。ピノも一緒だ。また何かあったら連絡するから。……そんじゃ」
フラン
「……ありがとうな」
シャルドネ
「え?」
[SE:電話を切られる音]
シャルドネ
「ふっ……はは……フランらしいな」
[SE:受話器を置く音]
フラン
「……はあ。あいつを使うか」
(間)
[SE:裏通りの音]
[SE:足音]
フラン
「ああ、グロロか。呼び出して悪い」
グロロ
「……」
フラン
「(写真を渡す)この男を探して欲しい。盗品ワインを売りさばこうとしていると考えられる。市街へ出る可能性は低いが、念のため、そっちの方もあたってくれ」
グロロ
「……」
フラン
「もう少し情報が欲しいって? ……かなりずる賢いらしいが、この手のことは素人だ。だが、場合によっては危ないところへ流れ着いている可能性も否めない」
グロロ
「……」
フラン
「それから、盗品ワインは死守しろ。隠しているようならどうやってでも聞き出せ」
グロロ
「ふふ……」
フラン
「その嬉しそうな顔やめろ。ゾッとする。……くれぐれも殺すなよ」
グロロ
「……ん」
[SE:羽ばたきの音」
フラン
「(ため息)まあ、グロロは保険だ。カベルネ、メルロー、しっかりやってくれよ」
(間)
[SE:走ってくる]
メルロー
「カベルネ、今フランに報告してきたんだけど、そしたら、フランの方から犯人がわかったって……」
カベルネ
「なにっ……」
メルロー
「元銀行員のエドモン・デュポン! 彼がワインを持っている情報が入ったって! 話はおいおいするから、とりあえず彼のアパートへ急ごう!」
カベルネ
「わかった」
[SE:パトカーに乗る音]
カベルネ
だが、あの後バローから聞いた話では、デュポンとはバルで深夜まで飲んでいたと裏付ける証言だったが……」
メルロー
「きっと金を渡してあるんだよ。アリバイを作るためにね。あとはバルで証言が取れたらだけど、それは後! まずはデュポンの身柄を確保するのが先だ!」
[SE:発進音]
(間)
[SE:足音]
メルロー
「鍵を開けてください」
管理人
「ええ、すぐに……」
[SE:ドアを開ける音]
カベルネ
「警察だ! ……くそ! 遅かったか!」
メルロー
「デュポンはあの後、すぐに部屋を出て行ったようだね」
カベルネ
「元々そのつもりだったのだろう。嫌に部屋が片付いていると思った」
管理人
「(不安そうに)何です、デュポンさんは一体何をしたのですか?」
カベルネ
「詳しいことは今話せませんが、彼は今銀行強盗の容疑者として、指名手配されています」
管理人
「なんてこと……。あの人が……?」
メルロー
「大家さん、行き先に心当たりはありませんか?」
管理人
「ないですよ。あんまりお話したことはなかったですけど、気遣いのできるいい人だったのに……」
カベルネ
「人間というものは見かけではわからないものだな」
[SE:電話]
フラン
「いいところに電話をくれた。港町の方へ向かってくれ。デュポンらしき風貌の人物を見かけたという情報が入った」
メルロー
「わかった。すぐ行くよ」
フラン
「情報提供者はシラーだ。今、南区の郵便局の前にいるらしい」
メルロー
「了解。(受話器を置いて)カベルネ、港町でシラーがデュポンを見かけたらしい。フランからそっちへ向かってくれって」
カベルネ
「了解」
(間)
[SE:波の音]
シラー
「よお。パトカーってのはスピードが出せるんだな。俺も乗り換えようかね」
メルロー
「冗談言ってる時じゃないだろ。どのあたりで見かけたんだ?」
シラー
「この近くのレストランまで載せてくれっていう客がいたもんで、駅からこの道通ってそこで降ろしたんだよ。
そしたら、そこのバーから出てきた男に目がいってよ。結構しっかりした身なりしてたから、ああいう男があんな店から出てくるってどうしたもんかね……って何気なく見てたらよ、数メーター後から、例のお花海賊野郎がつけやがってたんだ。だから、あいつ、何かあるなって思ったわけ」
メルロー
「お花海賊って……」
シラー
「わかんだろ? シェリーのやつらだよ」
カベルネ
「それで、署へ連絡したのか」
シラー
「うんにゃ。それだけじゃあ、俺も構ってられねえから見過ごしたけどな。その数分後にグロロが背中から俺を……いや、なんでもねえ。忘れてくれ」
カベルネ
「はあ?」
シラー
「まあまあ、その辺はどーだっていいじゃねーか。とにかく俺はそのデュポンって男を見た」
メルロー
「本当にこの男だった?(写真を見せる)」
シラー
「元ドアマンなめるなよ。コイツで間違いねえぜ」
カベルネ
「それで、後を追ったのか?」
シラー
「追ってねーよ。ちょっと気になったってだけだからよ。指名手配されてるって知ってたら、とっ捕まえてたけどな」
メルロー
「どっちの方角へ歩いて行った?」
シラー
「道路を渡って、そっちの路地へ入っていったな。服装は白シャツにスラックス、紺色の上着でボストンバックを持っていた。やけに重そうだったぜ」
カベルネ
「ワインを持ち歩いているのか……」
シラー
「ワイン? あん中に入ったとしても二本か三本ってところだな。例の強盗犯だろ? 他のはどっかに隠してんだろうよ」
カベルネ
「犯行に使われた車もまだ見つかっていない。もしかすると積んだまま、どこかに停めてあるのかもしれない」
メルロー
「とにかく、今はデュポンを追うことが先だよ。シェリー達が後つけてたっていうなら、ちょっとやばい事になるんじゃないかな」
シラー
「あいつら、仕事の範囲がバリ広だからな。儲け話ならなんでも乗るぜ。なんなら略奪も……」
カベルネ
「急ごう。とりあえず、この周辺を探してみよう。もう暗くなってきている。このあたりは明かりが少ないから、探すのが困難になる」
メルロー
「うん、その通りだ。シラー、情報をありがとう」
シラー
「俺もこの辺うろついてみるからよ」
カベルネ
「感謝する」
シラー
「だから、ここで路チューしてたこと、目エつぶってくれよな」
メルロー
「今回は……ね」
(間)
[SE:足音 立ち止まる]
デュポン
「誰だ」
(返事がない)
デュポン
「……わかってんだぞ。さっきから後つけてること」
パロミノ
「(空から声が降ってくる)ふっ……ふふふ……」
[SE:地面に降り立つ]
パロミノ
「なーんだ。バレてたの。なら早く言ってよねー」
デュポン
「あんた……何の用だ」
パロミノ
「きーちゃったんだよねー。せっかく盗んだ代物を売りたくて売りたくて仕方ないっていう子豚ちゃんがいるって話。それ、君だよね?」
デュポン
「こぶ……。あのモスカートって男から聞いたのか……?」
パロミノ
「モスカートだかミュスカだかどっちでもいいけど、俺ならあんたの望み、叶えてあげられるかも、ね?」
デュポン
「……いくらだ。いくら出す」
パロミノ
「あはっ。せっかちは嫌いだよー。別のところでゆっくり話そう。こんな路地裏じゃ、お話するには不向きでしょ?」
デュポン
「俺は早くこいつを手放したいんだ。悠長にお喋りする気はない」
パロミノ
「ねえ、言うこと聞きなよ。あんたの返事がどうにしろ、俺はそのワイン、手に入れるつもりだし? なるべく穏便に行きたいよねー」
(おもむろに銃を持て遊ぶ)
ペドロ
「そーだよ。キャプテンの言うこと、聞いといた方が身の為だよ?」
デュポン
「うわっ! あんたいきなりどっから……」
ペドロ
「えへへへ……(でかい剣で遊んでいる)」
デュポン
「あんたら……」
ピノ
「その話、私も混ぜてくれないか」
ペドロ
「な!?」
パロミノ
「あーあ、めんどくさいのが来た」
デュポン
「今度はなんだ……?」
[SE:近づいて来る足音。緊張が包む]
ピノ
「問題ないだろう。元々は、私が造ったワイン、なのだから」
ペドロ
「ピノ・ノワール……!」
パロミノ
「あはっ、あはははははは! いきなりお邪魔して、どういうつもり? また音楽家様の気まぐれ?」
ピノ
「ふん……。こうなることを予測して、シャルドネとそれぞれ見張っていた甲斐があったな。
パロミノ、お前がどんな手を使おうと、ベルナール氏のワインは渡さない。
これ以上私のワインが、こんな気温の中、弄ばれるのは非常に不愉快だ。
横暴な海賊気取りには、お引き取り願いたい」
ペドロ
「なんだと!」
パロミノ
「ふん。他の連中は知らないけど、俺は別にあんたのこと、怖いと思ってないんだよねー。
むしろ、病弱で外に出ることもままならないもやしのくせに、なに偉ぶってんだってカンジ。
いくら吠えても、可愛い猫の鳴き声にしか聞こえないや」
ピノ
「よく言う。お前の方こそ、病弱どころか、少しの擦り傷くらいで立ち直れなくなる脆いメンタルのくせに」
パロミノ
「!」
ペドロ
「なっ……!! それを言うなあああああああ!」
[SE:剣を振りかぶる。ピノの背後から、ペドロの剣を跳ね返すアレクサンドリア]
アレク
「はいはい、そこまで。一回落ち着こうな」
ペドロ
「アレク! なんでっ!!」
アレク
「俺は不必要な流血は嫌いなんだよねえ。なあ、パロミノ? 穏便に行きたいんだよなあ?」
パロミノ
「……」
アレク
「(ピノの首元に剣を当て)な、ブルゴーニュの王様も、こんなところで死にたくはないよなあ?
あんたにゃ悪いけれど、ここであんたが静かにしていてくれれば、丸く収まるんだ。
俺たちはワインが欲しい。彼はワインを売りたい。そうだろ、あんた」
デュポン
「あ、ああ」
アレク
「なあ? いい取引じゃないか。あんたのワインといえど、もう人の手に渡ったもんだ。どうしようと、所有者の勝手なんじゃないか?」
ピノ
「真の所有者はベルナール氏だ……!」
アレク
「ぶんどっちまえば関係ないだろ。それに、そいつはこのワインを担保にして銀行から金を受け取ったんだろ? 売り払ったも同然じゃねえか」
ピノ
「売ったのとはわけが違う。それに……彼(デュポン)にこれ以上、罪を重ねて欲しくない。私の願いは、それだ」
デュポン
「……」
パロミノ
「綺麗事はいいんだよ。どうせ何言ったって、あんた一人じゃ俺たちに太刀打ちできないし? 何しに来たんだよってカンジ」
ペドロ
「そーそー!」
アレク
「まあ、なんだ。ちょっと長居しちまったな。こいつのことだから、邪魔に入る前に警察に連絡くらい入れているだろう。……場所を変えるぞ」
パロミノ
「そーだね。ゆっくりお話しようと思ったんだけど、気が変わった。(デュポンに)……ワインの在り処を教えろ。このお口はそれくらい、言うことできるよね?」
デュポン
「……!!」
パロミノ
「やっぱり現物見ないと、信用できないし? そこに持ってる二本だけってんじゃあ、お話にならないもんね」
ペドロ
「僕も見たいなー。どうせ、売っちゃうってことは、お前にはその価値がわかんないんだろ?」
アレク
「さ、早くお喋りしてくれ。いつまでも黙っていると、めんどくさいことになるからなあ」
デュポン
「脅すつもりか……それで金も出さずに取り上げようって魂胆だろ」
アレク
「あんたの態度によるがな」
(間)
[SE:靴音]
シャルドネ
「……すっかり陽が落ちてしまったな。二時間くらい張ってるけど、それらしき男は見かけない。ハズレだったか……いや、まだ油断はできねえけど。
それより、ピノの方は大丈夫なんだろうな。今更だけど、あいつを一人にしたのはまずかった。大人しく俺等を頼ればいいのに、一人で首突っ込んでくところがあるしな……。別れる時も、変なこと言うし」
ピノ(回想)
「もし私を見失っても、お前なら見つけ出せるだろ」
シャルドネ
「……たく。俺をなんだと思ってんだよ。……ん、あれは……グロロ? ……って、なんかこっち来た!?」
グロロ
「……」
シャルドネ
「おいおい、お前が動いてるってことは、結構やばい感じ? ってか近い。怖い」
グロロ
「……」
シャルドネ
「え、なになに? ……シェリーが動いてる、だと?」
グロロ
「……ん」
シャルドネ
「え、迂闊に動くなって? ピノを連れて帰れって、フランから?はいはいゴチューコクありがとさん」
グロロ
「……ん」
シャルドネ
「なに? 向こう? こっちにはいないって?」
グロロ
「……ん」
シャルドネ
「シェリーが向こうに行ったのを見たのか……とすると、ちとピノがやばいかも」
グロロ
「ピノ?
シャルドネ:あいつ、港の方へ行った。鉢合わせしているかもしれない」
グロロ
「……。」
シャルドネ
「なんだよその目! 飼い主の管理不行き届きを咎めるみたいな!」
グロロ
「……」
シャルドネ
「わかってるよ! 探しに行くっての!」
(間)
[SE:車の音]
シラー
よお、どうだ、二人共。手がかりなしって感じか?」
カベルネ
「シラー」
メルロー
「このあたりは細路地が多いし、街灯も少ないから、探すのも一苦労だね」
カベルネ
「せめて奴らのアジトでも掴んでいれば……」
シラー
「港へは行ったか?」
メルロー
「さっき、パトカーで回ってみたけど、それらしい人物は見なかったよ」
シラー
「ああ、俺も行ってみたぜ。あいつらも一応商船を持っているんだろうが、どこに隠してんだか、一度も見たことがねえ」
メルロー
「もしワインが船に積まれて市街に運び出されちゃったら、それこそ探し出せなくなるよ」
カベルネ
「それより、デュポンの身柄を確保する方が大事だ。ワインはその後だ」
メルロー
「……うん」
シラー
「せめて奴らがもう少しアロマ強ければ、わかるんだろうがな。パロミノもヒメネスもアロマ弱ェーしよお。アレキサンドリアはやたらプンプンさせてるが、今はあまり感じねえな」
カベルネ
「……もう一度、港の方を見てみようと思う。
メルローはもう少し、町の方を回ってみてくれ」
メルロー
「うん、わかった」
(間)
アレク
「さてと、そろそろ時間切れだ。素直に教えてくれれば、あんたの欲しい金もすぐに手に入ったのにな。残念だ」
ピノ
「……どうする気だ」
アレク
「どーもこーも、あんたに教える筋合い無いだろ? ……ペドロ」
ペドロ
「言われなくてもわかってるって。(剣を構える)」
ピノ
「後ろに退け!」
デュポン
「ひいっ!」
[SE:鈍い金属の音]
パロミノ
「下手くそ」
ペドロ
「ちょっとー。よけないでよー。下手に動いたら、変なとこ切っちゃうでしょー?」
ピノ
「ワインを手に入れたいんじゃないのか。殺しては何も残らないぞ」
アレク
「誰も殺すなんて言ってないけど?」
パロミノ
「なんだか警戒されてるみたいだからさ、おうちに招待して、おもてなしするんだよ。大抵みんな、喜んでお喋りしてくれるよね」
ペドロ
「んふっふー。僕追いかけっこも好きだよ! ほらほら、ぴょんぴょん逃げちゃってー?」
アレク
「あんまり遠くへ行かすな。すぐ捕まえろ」
ペドロ
「お前に指図されたくないね!」
パロミノ
「で? その音楽家(アルティスタ)様はどーすんの? 俺決めちゃっていーい?」
アレク
「お気に召すままに」
ピノ
「……」
パロミノ
「さっき、俺のいっちばん嫌なこと、言われちゃったからなー」
ピノ
「(腹を蹴られる)ぐっ……!」
パロミノ
「何がいいかなー」
ピノ
「(再び腹を蹴られる)ッ……」
パロミノ
「あ、いーこと思いついちゃった。ペドロー。早くそいつ捕まえて、ワインこっちによこせ」
ペドロ
「はーい」
パロミノ
「あんたの目の前であのワインを割って、その体、赤く染めてやるよ」
ピノ
「……!!」
アレク
「わーお。卑劣だねー」
パロミノ
「ッふふ……いい顔するじゃん。その整った顔がもっと歪むの、見てみたいよねー。
ねえ、殺すよりもさ、ひどいことって、たーくさんあるんだよ?
みんなに守られてのうのうと暮らしてきた貴族様には、そういうのわかんないだろうから、教えてあげるよ」
ピノ
「……ふん。くだらん」
[SE:遠くでボトルが地面にぶつかる音]
ピノ
「(わずかに動揺する)」
ペドロ
「わーい、捕まえたー! 僕の勝ちー!!」
[SE:地面を引きずる音]
パロミノ
「ペドロ、さっさと持って来るんだ」
ペドロ
「あいあいさー!」
パロミノ
「(カバンの中を見て)へえ。わかりやすいねえ。ロマネ・コンティが2本。このビンテージでここまで綺麗に保存されているものはなかなかない。管理が細やかだったんだね、この元持ち主は。
(ピノに見せつけるように)
なんだか壊すのがもったいなくなってきたなー。これでも八千ユーロは下らないし」
アレク
「(口笛)」
ペドロ
「八千ユーロ!!」
パロミノ
「ま、これから水の泡になるんだけどねッ……!」
(ボトルを地面に振り下ろそうとする。)
ピノ
「やめろ……!!」
パロミノ
「う……!」
ペドロ
「な、なに……? この強い香りは……」
ピノ
「(アレクを突き飛ばす)」
アレク
「うっ!」
ピノ
「させない……!(パロミノに体当たり)」
パロミノ
「あっ……!(倒れる)」
ピノは手から落ちそうになったボトルを死守する。
パロミノ
「いっ……たぁ……」
ペドロ
「キャプテン! 大丈夫!?(駆け寄る)」
パロミノ
「エイ!カブロン!……ホデール!(この、くそっ!やられた!)
な……口から、血が出てる……!」
アレク
「ったく、余計なことを……」
ピノ
「口の端をちょっと切っただけだろ」
パロミノ
「ダメだ……いたい……。もうダメだ……」
ペドロ
「この……っ! キャプテンになにしてくれるんだ!」
ピノ
「(顔を蹴られる)っ……!」
アレク
「おい、ペドロ」
ペドロ
「何。アレクはコイツの味方すんの?」
アレク
「そうじゃなくてだな」
ピノ
「ふっ……ふ。パロミノ、自分がそんなで、よく人に暴力をふるえるよな。
ほら、ペドロ・ヒメネス。私のことなど放っておいて、大事な大事なキャプテンの手当をしてやったらどうだ」
ペドロ
「……ッ、キャプテンを侮辱するな……!(剣を振りかざす)」
アレク
「よせ、ペドロ!」
カベルネ
「警察だ!」
シャルドネ
「このおおおおおおおお!(ペドロに体当りする)」
ペドロ
「んな……ッ!(突き飛ばされ、剣を手から落とす)」
カベルネ
「(銃を構えて)手を上げろ。そしてピノから離れるんだ」
アレク
「シャルドネ……それに、警察もお出ましか」
シャルドネ
「ふいー。間に合ってよかったぜ。(ピノを抱き起こす)」
ピノ
「お前な……一歩間違えれば危なかったぞ」
シャルドネ
「ばーか。人の心配してんな。こんにゃろ」
アレク
「ペドロ、ゲームは負けだ。引き上げるぞ」
ペドロ
「くうっ……」
[SE:駆け出す]
カベルネ
「待てっ……!」
シャルドネ
「おいこら、逃げんな!」
[SE:銃撃の音]
[SE:車の音]
シラー
「(道を横に塞いで)ヘイヘイヘイ! 海賊(ピラート)ども、こっから先は通さねえぞ!」
アレク
「チャオ(あばよ)」
[SE:三人は車を踏み越えていく]
シラー
「メルド!(クソ野郎)車の上乗りやがったな!?」
メルロー
「(遅れて到着)何やってんだよ、シラー。逃がしちゃってどうするんだ」
カベルネ
「メルロー」
デュポン
「(身を起こす)ん……んんっ……はっ! 警察か!?(逃げようとする)」
シャルドネ
「メルっ……デュポンが……!」
[SE:地面に倒す]
メルロー
「(取り押さえる)エドモン・デュポン。窃盗の容疑であなたを拘束します」
デュポン
「う……クソ……!」
(間)
○ピノ宅
シャル
「あーあ、かわいそーに。顔面蹴るとか、ほんとひでーよなー」
ピノ
「全くだ。……あんまり見るな」
シャル
「なんだよー」
ピノ
「擦り傷もあるし、顔も腫れている……美しくない」
シャル
「俺の前でんなこと気にしてんの? ばーか、お前の美しくねえとこなんか見慣れてるよ」
ピノ
「……。(屈辱的な顔をする)」
シャル
「わりい、語弊がある言い方だったな。だけど、本当のことだろ?」
ピノ
「……」
シャル
「にしても、お前怪我しすぎだろ。自分弱いの知ってるくせに、なんで自ら突っ込んでいくかなあ」
ピノ
「私のワインがあんなふうに扱われるのは、不愉快極まりない。それが、お前のワインであってもそうだ。我々の生き写しであり、命と同じ重みがある」
シャル
「で・も、お前自身の命とは代えられないだろ。もっと自分大事にしろよ」
ピノ
「私は嗜好品だ。大事にするのは私ではなく人間だ。……それに、あの時もおまえが来ることは分かっていた」
シャル
「俺、信用されているのね」
ピノ
「お前なら私のアロマぐらいすぐ気づくと思ったからだ」
シャル
「ああ、あれやっぱりわざとだったんだな? すっげ強いのでてたから、居場所まるわかりだったぜ。カベルネたちもそうだ。ありゃすごかったぜ。流石はワインの王って感じだな」
ピノ
「ふん……」
シャル
「そうだ、まだ着替えてなかったな。服に土とかホコリとか付いてるぜ。……手伝ってやろうか?」
ピノ
「余計なお節介だ。今回は手は怪我していない」
シャル
「遠慮するなって♪」
ピノ
「うるさい、邪魔だ、出て行ってくれ……」
[SE:カメラのシャッター音]
ムニエ
「(戸口で)うっふふー♪ ふたりの仲良しな写真、撮っちゃったー♪」
シャル
「あ〜! また勝手に撮ったな~!?」
[SE:バタバタと廊下を走っていく足音が二つ]
ピノ
「ふう……。全く騒がしい」
(間)
カベルネN
「デュポンは逮捕されてからは観念したのか大人しくしていたが、ワインの在り処は絶対に吐こうとはしなかった。結局、警察が西区と東区をしらみつぶしに探すことになり、ようやくのことでワインの積まれた車を見つけ出した。ベルナール氏とデュポンはこれから裁判にかけられることになる。俺たちの役目は終わった。
街はいつも通りの朝を迎える」
[SE:けたたましくなる電話]
メルロー
「カベルネ! またスリの被害が出たよ! 今月に入ってもう十件目だよ!? 北区の方では暴行事件が絶えないし、東区の方じゃ詐欺横領事件だらけで、全然追いつかないよ!」
フラン
「おい、カベルネ! シラーがまた喧嘩騒ぎを起こしているらしいぞ! お前の方からガツンと言ってくれ! あいつが通報件数上げているようなもんだぞ!?」
カベルネ
「はいはい、了解……」
カベルネN
「……いつもどおりの、賑やかな朝だ」
《完》